新撰組の屯所である前川邸の廊下で二人の男が話をしていた。
月明かりと部屋から漏れた灯りが、薄らと二人を照らしている。 一人は取立てて言う程の事もないのだが、もう一人は一際大柄な男であった。 この大柄な男、名を黒谷天竜と云う。 天竜は夜空を見上げながら地面に立っていた。 「まさか、あんな奴等が以蔵の情報を握っているなんて、思いも寄らなかったぜ」 「人斬り以蔵ですか」 相手は隠岐虎三郎と云う男である。 虎三郎は廊下の縁で正座をしていた。 天竜が虎三郎の方へ向きを変えながら言う。 「ああ、奴は俺が斬るぜ。だから俺もちょっと後悔してるのさ」 「後悔してる様な顔には見えませんよ」 虎三郎は少し微笑んで言った。 そんな虎三郎の言葉を受けて、天竜は強気に言い放つ。 「うるせぇ!虎三郎。お前もいずれは俺に斬られるんだからな。覚えておけよ!」 「僕なんか斬っても、なんの面白味も無いですよ」 虎三郎はまだ微笑んでいた。 そんな虎三郎に合わせる様に、天竜も微笑みながら言う。 「そんな事はないぜ。隠岐流剣術の突きは十分に面白い」 「突き、ですか。天竜さん、何か知っているんですか?」 微笑みが天竜に移ってしまったかの様に、今度は虎三郎が微笑むのを止めて天竜に訊いた。 惚ける様に外方を向きながら言う、天竜。 「いや、俺は何も知らねぇよ。ただ隠岐流剣術の突きには何かがあると睨んでいる」 「そうですか」 虎三郎は短く応えた。 天竜が虎三郎の方へ振り返りながら、楽しそうに訊く。 「どうだ?図星か?」 「さあ、どうでしょうか」 虎三郎が再び微笑みを浮かべながら、はぐらかした。 再び天竜も微笑みながら言う。 「そりゃあ、言える訳ねぇよな。とにかく突きも含めて、まだまだだけどな。虎三郎はな」 「じゃあ僕は、もっと、もっと、精進しなければなりませんね」 今度は真顔で虎三郎が応えた。 再び天竜が向きを変えて、夜空を見上げながら言う。 「是非にでも、そうしてくれよ。源太郎の奴は何者かに斬られちまうしよ」 「父上ですか」 虎三郎が寂しそうに言った。 夜空を見上げたまま言う、天竜。 「虎次郎よりは、お前の方が強いだろ。虎太郎もいずれは斬るにしてもよ」 「虎士郎はからっきしですもんねぇ」 虎三郎は苦笑した。 まだ夜空を見上げている、天竜。 「隠岐家の恥晒し、か。俺は虎士郎とは会った事ねぇけどよ。しかし双子でこうも違っちまうんだな」 「虎士郎もその気になりさえすれば、そんな事もないと思うんですけどね」 虎三郎が虎士郎を擁護する。 天竜は虎三郎の方へ振り返りながら言う。 「そうなのか!?じゃあ今度、自分の目で確かめさせて貰うよ」 「いえ、その必要はないでしょう。虎士郎は性格上、その気にはなれないでしょうから」 今度は虎士郎を突き放す様に虎三郎が言った。 天竜が会話を〆に掛かる。 「そうか。じゃあ、そろそろ行くぜ」 「はい」 虎三郎は短く応えた。 微笑みながら天竜が言い放つ。 「手柄はまた今度の機会にくれてやるよ」 「いえ、手柄なんて要りません。また切腹させられそうになるのは勘弁です」 虎三郎も負けずに微笑みながら言い返した。 苦笑しながら言う、天竜。 「ははは。それもそうだな。虎三郎が切腹する事になったら、後悔するのも俺の方だしな」 そして天竜は一人、闇の中へと消えて行った。
by gushax2
| 2016-04-23 05:49
| 壱章/人斬り
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