カテゴリ:壱章/人斬り( 30 )

壱章/人斬り/挿話弐拾/相変わらずな男

「土産だぜ」

天竜は部屋に入って来るなり、そう言いながら近藤に向かって、酒徳利を一つ放り投げた。

そして続け様に言う。

「そろそろ無くなる頃だろうと思ってよ」

天竜はまだ他にも酒徳利を三つ程持っていて、その一つを徳利のまま口に運んだ。

近藤が天竜に嫌味っぽく言う。

「珍しく気が利くじゃねぇかよ」

「珍しいってのは余計なんじゃねぇのかい」

そう言いながら天竜は左前方に近藤を、右前方に土方を向かえる形で胡座をかいて座った。

近藤が早速、天竜に解決を求める。

「いきなりなんだがよぅ。なんとかなんねぇか!?」

「例の件か、」

天竜はすでに承知している様であった。

短く肯定する、近藤。

「ああ、」

「その件は虎三郎に任せてあるぜ」

天竜は対応済みである事を伝えた。

話に割って入ってくる、土方。

「虎三郎で大丈夫なのか!?」

「恐らくは、無理だろうな」

天竜は自身の否定的な見解を述べた。

土方は天竜に率直な疑問をぶつける。

「なに!?じゃあ、虎三郎を見殺しにする気なのか?」

「そうなるかも、しれねぇな」

天竜は土方の疑問をそのまま受け止めた。

近藤は二人のやり取りをじっと見ている。

土方は何も言えなくなってしまう。

痺れを切らすように天竜が話し始める。

「いや、よぅ、奴を俺が斬る訳には、いかねぇんじゃないかと思ってんだけどよ」

「虎次郎の敵だからか!?」

土方が天竜に確認する様に訊いた。

天竜は自分が思っている事を率直に述べる。

「それもあるけどよぅ、自分とこの隊長さんまで、やられてんだろ」

「斉藤か、」

土方が呟いた。

続けて自身の憶測を述べる、天竜。

「更には源太郎の奴も恐らく、」

「それは本当なのか!?」

再び土方が天竜に確認を求めた。

天竜は自身の憶測に自信あり気である。

「源太郎を斬れる奴なんか、そうそうは居ねぇだろうからな」

「それもそうだな」

土方は天竜の憶測に納得した様だ。

念を押す様に言う、天竜。

「可能性は高いと思うぜ」

「で、よう、さっき【恐らく】と言ったけどよぅ、少しでも勝算があっての事なのか!?」

今度は近藤が天竜に訊いてきた。

天竜は近藤の問いに淡々と答えていく。

「勝算と言えるかどうかは分からねぇが、隠岐流には必殺剣があると聞く」

「私も聞いた事があるな」

土方が天竜に同調した。

話を続ける、天竜。

「だから、ひょっとしたら、とは思うんだけどな」

「なるほどな」

そう言いながら近藤が杯を口に運んだ。

そして天竜は自分が思っている事を率直に述べる。

「とにかくよぅ、先ず虎三郎にやらせねぇと、俺が動く訳には、いかねぇと思ってよ」

「よし、解った。その件は取り敢えず、虎三郎に任せるしかねぇな」

近藤は十分に納得が出来た様だった。

土方も納得が出来た様である。

「その様ですね」

「で、一の後釜は決まったのかい?」

天竜がどちらともなく訊いた。

近藤が天竜に訊き返す。

「ああ、それも虎三郎でいいかと思っているんだが、どうだ!?」

「いいんじゃねぇの、虎三郎で」

天竜はすぐさま応じた。

土方が口を挟む。

「しかし、」

「なんだ!?歳、」

近藤が土方に声を掛けた。

自身の見解を述べる、土方。

「いや、天竜の話を聞く限りじゃ、虎三郎もこれから、どうなるか分からないじゃないですか」

「ああ、そりゃあ、そうなった時にまた考りゃいい」

近藤がきっぱりと言い切った。

不敵な笑みを浮かべながら、天竜が言い放つ。

「そうだぜ。それにお前等も、いずれは俺に斬られるんだからな」
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by gushax2 | 2016-05-08 06:50 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話拾玖/待つ男達

数刻前に日も暮れて、辺りは闇に包まれている。

日暮れ前から雨が降り出して、今はかなり強く降っていた。

新撰組の屯所である前川邸に点々と幾つかの灯りが点っている。

すでに大半の者達は床に就いていると思われるが、まだ起きている者が幾らか居る様であった。

中には仕事をしている者も居るのかもしれない。

その中の一つの部屋で、行灯の灯りが二人の男達を薄らと照らしている。

二人の男達は思い思いに酒を酌み交わしている様だ。

新撰組の組長である近藤勇と副長の土方歳三である。

土方が近藤に呼ばれて、新撰組の屯所の中にある、この近藤の部屋へ来ていた。

「しかし斉藤まで、やられちまうとは、な」

近藤が独り言の様に呟いた。

数日前に三番隊の隊長であった斉藤と隊士が二人、何者かに斬られていたのだ。

雨音に邪魔されながらも、二人はその件での対応を話し合っていた。

土方が率直な疑問を口にする。

「何者なんでしょうね?」

「誰かは分からねぇが、虎次郎を斬った奴と同一人物ではある様だぜ」

近藤は投げやりな感じで応えた。

同一人物だと考えられる根拠を言う、土方。

「斉藤も虎次郎と同じ様に首を一突き、ですか」

「そういう事だ」

近藤はそれだけを応えた。

土方が近藤に対応を伺う。

「どう致しましょうか?」

「どうもこうも、斉藤が敵わないとなると迂闊には動けないぜ」

近藤は難しそうな表情で土方の言葉に応えた。

現状において考えられる問題点を土方が付け加える。

「そうですね。斉藤よりも腕の立つ者は私達を含めても、数人しか居ませんからねぇ」

「しかも夜中にしか、やりやがらねぇからな」

近藤は更なる問題点も付け加えた。

自分達が抱えている問題に対して、土方が別の見方を示す。

「相手が多勢であれば、また、話も変わってくるのでしょうが」

「そうなんだよな。相手が一人の時、暗闇でやり合うと、同士討ちの危険が増えるだけだぜ」

近藤は土方の見方を受けた上での問題点を挙げた。

他にも同様の危険性がある事を土方が指摘する。

「勿論、相手が多勢であっても、暗闇の中では同士討ちの危険は高いのでしょうが」

「一人に対して、それだけの危険を冒さなければならないものなのか」

近藤が危険性に対する疑問を口にした。

土方が短く応える。

「そうですね」

「俺達には、まだまだ、やらなければならない事がある」

近藤が厳しい表情で言い切った。

相槌を打つ、土方。

「はい、」

「だからと言って、このままにしておく訳にもいかねぇだろうよ」

厳しい表情のまま話を続ける、近藤。

土方が面白く無さそうな表情で言う。

「我々の面子にも関わりますからね」

「面子もそうだが、我々の評価に直接、響いてくるからな」

土方と同様に、近藤も面白く無さそうな表情で言った。

短く応える、土方。

「そうですね」

「来たか、」

何者かの気配を感じ取った、近藤が呟いた。

すると廊下側の襖が開かれて、一人の大柄な男が部屋に入って来る。

男は襖が開かれるまで一切の物音を殺して、この部屋まで、やって来た。

額から左頬にかけての大きな刀傷が目立っている。

黒谷天竜であった。
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by gushax2 | 2016-05-07 05:19 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話拾捌/過信する男

夜空には満月が浮かんでいる。

その月明かりが辺りを照らす中、虎士郎は三人の男達と対峙していた。

三人の内、左右に居る男が提灯を持っている。

真ん中の男は何も持ってはいない様だった。

その提灯の灯りと月明かりに照らされて、虎士郎の顔が浮かび上がる。

「虎士郎じゃないのか!?」

三人の内、真ん中に居た男が虎士郎に声を掛けた。

どうやら、この男は虎士郎と顔見知りの様である。

しかし虎士郎は何も応えずに刀を構えて真ん中の男を睨んでいた。

三人の内、右側に居る男が言う。

「斉藤さん、ひょっとして、」

「ああ」

真ん中に居る男が短く応えた。

真ん中の男が斉藤という男の様である。

三人の内、左側に居る男が言う。

「と云う事は虎次郎を斬ったのも、」

「そうだろうな」

斉藤が応えた。

途端に斉藤以外の二人の男達は刀を抜き、虎士郎に向かって構える。

「ふふふ、」

斉藤が視線を下に落として、少し笑った。

右側の男が虎士郎に視線を止めたまま斉藤に訊く。

「どうかしたのですか?」

「いや、まさか、虎次郎を斬った奴が身内だったとは、」

斉藤は苦笑いをしながら言った。

左側の男が言う。

「盲点でしたね」

虎士郎は微動だにせずに斉藤を睨んでいる。

斉藤が誰ともなしに言う。

「とりあえず、このまま見過ごす訳にも、いかねぇだろうよ」

「はい」

左側の男が応えた。

「そうですね」

右側の男も応えた。

虎士郎は相変わらずに斉藤を睨んだまま微動だにしない。

今度は斉藤が左右の二人に対して言う。

「二人で掛かれば、なんとかなんべぇ。中島と葛山に任せるぜ」

「はい」

中島と葛山は声を揃えて応えると、提灯の灯を消して地面に置いた。

そして二人は左右に拡がりながら虎士郎との間合いを詰めて行く。

虎士郎は二人には目もくれずに斉藤を睨み付けていた。

中島と葛山は目で合図をして、同時に虎士郎へと斬り掛かって行く。

虎士郎は難無く二人の刀を躱して、自らの刀を一閃した。

中島と葛山は縺れる様に虎士郎の背後で倒れ込んでいく。

二人共に腹を深く斬られていた。

二人共にまだ息はあるが、死ぬのは、もう時間の問題である。

「ほほう、」

それを見ていた斉藤がちょっとの驚きの表情を見せていた。

虎士郎は斉藤の目の前で刀を構えて、斉藤を睨み付けている。

「どうやら隠岐家の恥晒しとは見当違いだった様だな」

そう言いながら斉藤はゆっくりと刀を抜いて構える。

中島と葛山は、もう息絶えていた。

数瞬の静寂が二人を包み込む。

その静寂を破って、虎士郎が先に動いた。

途端に斉藤も虎士郎に向かって動く。

一気に間合いが詰まる。

斉藤は虎士郎の刀を受け流し、虎士郎に向かって刀を振った。

しかし虎士郎も斉藤の刀を紙一重で躱して、体を入れ替えた形で再び向き合う。

「なるほどな。これじゃあ、中島と葛山には荷が重かった様だな」

斉藤が感心する様に言った。

虎士郎は相変わらずに無言で斉藤を睨んでいる。

「今度はこちらから行かせて貰うぜ」

そう言いながら斉藤が虎士郎に斬り掛かる。

虎士郎は避ける事をせずに自らの刀で受けた。

数度程、刀の鎬合いをした後、急に虎士郎が斉藤の刀を素早く避ける。

斉藤が少し体勢を崩す。

斉藤はすぐさま体勢を立て直したが、その時には虎士郎の刀が斉藤の喉元へと伸びて来ていた。

斉藤は右後方へと飛び退いたが、虎士郎の刀の方が速く斉藤を追い掛ける。

斉藤は目を見開いたまま、喉元を虎士郎の刀に貫かれていた。
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by gushax2 | 2016-05-06 06:14 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話拾漆/掴み所のない男

虎三郎と天竜が、岡田以蔵と名乗る男と対峙していた時と時を同じくして、京の町の別の場所では、虎士郎もまた一人の男と対峙していた。

その男はかなり大柄な体格をしていて、髪も髷を結わずに蓬髪である。

更に出で立ちも粗末なものに見えた。

これだけだと、まるで黒谷天竜の様でもあるが、天竜程に体は大きくはない。

当然ながら男には顔の刀傷も無かった。

そして二人はまだ、剣は抜かずに無防備な状態で向き合っている。

空には綺麗な満月が姿を見せていた。

時折、雲がその月を掠めていく。

更に二人共に灯りを持っていなかったので、月明かりだけが二人を照らしていた。

そんな中で男から虎士郎に話し掛ける。

「俺に何か用があるのかい?」

虎士郎は無言のまま、男に対して刺す様な視線を送っていた。

何とも言えない様な空気が二人を包み込む。

痺れを切らしたのか、続けて男が虎士郎に声を掛ける。

「おいおい、何か言ってくれなきゃ、何がなんだか分からんだろうよ」

虎士郎はただただ男を睨み続けている。

男は呆れる様に呟く。

「一体、どうしたもんかねぇ、」

そして男は頭をポリポリと掻いた。

虎士郎はまだ男を睨んでいるだけである。

続けて男は、ぼやく様に言う。

「俺はお前さんの相手をしていられる程、暇じゃねぇんだけどなぁ」

その言葉を聞いて、虎士郎はやっと動きを見せた。

ゆっくりと刀を抜いて構える。

その様子を見て男が虎士郎に問う。

「いきなり俺を斬ろうって言うのかい!?」

虎士郎は男の言葉には構わずに、じわりと間合いを詰める。

男は詰められた分と同じ距離だけ、間合いを拡げながら言う。

「俺もそう簡単に斬られる訳には、いかねぇんだよな」

虎士郎は足を止めて、再び刺す様に男を睨んだ。

「ひぇ~、おっかない、おっかない」

男はおどける様に言った。

虎士郎はじっと男を睨んでいる。

男は再び、ぼやく様に言う。

「勘弁してくれよなぁ。俺は余り、戦いたくはねぇんだよ」

すると今度は虎士郎が一気に間合いを詰めて、男に鋭く斬り掛かって行く。

男は今度は間合いを取らず、逆に虎士郎へと向かって行きながら、虎士郎の刀を紙一重で躱して体を入れ替える。

先程とは位置を違える形で、二人は再び向き合った。

数瞬の間、睨み合う、男と虎士郎。

静寂が闇の中に溶け込んでいく。

「何をしている?」

その静寂を切り裂いて、虎士郎の背後から何者かの声が届いてきた。

三人の男達の姿が提灯の灯りの中、ぼんやりと浮かび上がる。

左右の男達が提灯を持っていて、真ん中の男は何も持ってはいない様だった。

「あばよ」

虎士郎が背後から来た三人に注意を向けた途端、虎士郎と対峙していた男はそう言って、闇の中へと去って行った。

実はこの男、坂本竜馬なる人物だったのである。

坂本竜馬。

岡田以蔵と同じく土佐出身の浪人ではあったが、一概には倒幕派と言い切れない、ややこしい男だった。

それでも新撰組からは敵視されていたりと、掴み所のない男である。

虎士郎はそんな事は知る由もなく、今度は後から来た三人と対峙していた。
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by gushax2 | 2016-05-05 05:50 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話拾陸/遊びたがる男

その男は一際大きかった。

額から左頬にかけての大きな刀傷が目立っている。

黒谷天竜であった。

天竜は姿を現すなり、岡田以蔵と名乗る男に向かって、悪戯っぽく言い放つ。

「俺も弱虫なんだよな。だから俺の相手もしてくれよ」

以蔵を名乗った男は少し驚いた様だが、慌てずに、ゆっくりと体を半身にして、天竜に対しても注意を向けた。

天竜の言葉を聞いた虎三郎が天竜に言う。

「此処は僕に任せて下さい。そいつは兄の敵なのかもしれません」

「いや、そいつは違うぜ」

虎次郎の敵の正体を知る天竜は虎三郎の言葉を否定した。

虎三郎が天竜に訊き返す。

「そうなんですか!?」

「ついでに言うなら、岡田以蔵ってのも嘘だろうぜ」

続いて天竜は目の前にいる男の正体についても否定的な考えを示した。

以蔵を名乗った男は黙ったまま、二人のやり取りを用心しながら見ている。

「何故、嘘だと判るのでしょうか!?」

虎三郎は素朴な疑問を天竜にぶつけた。

尤もらしい理由を天竜が述べる。

「岡田以蔵と云えば人斬りとまで呼ばれる男だが、その男には、そこまでの器を感じない」

「天竜さんが、そうおっしゃるのであれば、そうなのかもしれませんね」

虎三郎は天竜の言葉に納得した様だ。

今度は天竜が身勝手な事を言い出す。

「まあ、本物かどうかは、どうでもいいんだよ。ちょっと体が鈍ってしまっててよ」

「なるほど」

そう言いながら虎三郎は苦笑した。

そして天竜が虎三郎に恩着せがましい事を言う。

「だからよぅ、敵をくれてやる代わりに、こいつは俺が頂くぜ」

「分かりました」

虎三郎は天竜の言葉を素直に聞き入れて、以蔵と名乗る男から少し距離を取った。

天竜が以蔵と名乗る男に向かって楽しそうに言う。

「という訳だ。続きは俺と遊んでくれよ」

そして天竜は右手で無造作に刀を抜く。

以蔵と名乗った男は虎三郎にも注意を払いながら、天竜と向き合う形へ向きを変えた。

今度は両手で刀を握って構える。

表情には、もう笑みは無かった。

天竜が以蔵と名乗る男を挑発する。

「どうした!?掛かって来ねぇのかい?」

以蔵と名乗った男は無言で天竜を睨んでいる。

虎三郎と相対していた時の余裕は微塵も感じられなくなっていた。

天竜は再び以蔵と名乗る男を挑発する。

「まさか、お前の方が小便を漏らしているんじゃねぇだろうな!?」

以蔵と名乗った男は微動だにせずに、ずっと天竜を睨んだままだった。

もう、これ以上は無いという様な程の緊張感に包まれている様である。

「なんだよ。その程度なのかよ。もう少しは楽しませてくれると思ったんだけどなぁ」

天竜は以蔵と名乗る男に睨まれたまま残念がった。

以蔵と名乗った男とは対照的に、緊張感は全くと言っていい程に感じられない。

一方、以蔵と名乗った男はまるで人形の様に微動だにせずに、ただ、天竜を睨み続けている。

「仕方がねぇな。そっちが来れねぇなら、こっちから行かせて貰うぜ!」

そう言いながら天竜は以蔵と名乗る男へ一直線に斬り掛かって行った。

以蔵と名乗った男は両手で握った刀で天竜の刀を受ける。

勝負は一瞬で片が付いた。

以蔵と名乗った男の刀は折られて、そのまま首を撥ねられたのだ。

頭部が地面に転がり、体は地面に倒れ込む。

首の切断面から血が流れ出て、血溜まりを拡げていく。

地面に折れた刀の切っ先が刺さっていた。
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by gushax2 | 2016-05-04 04:49 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話拾伍/不敵な男

虎三郎が左手に持った提灯の灯りが夜道を照らす。

そして、その提灯の灯りの先に一人、不審な者の姿が浮かび上がる。

虎三郎はやっと兄や同志の敵に巡り会えたのではないかという期待と、そうであった場合を考えての緊張に、体が身震いする様に感じていた。

すでに、その者は虎三郎の存在に気付いている様である。

こちらを見ながら、薄気味悪い笑みを浮かべている様に虎三郎には見えた。

近づくにつれて、その者の正体が少しずつ明らかになっていく。

どうやら、その者は男ではあるらしい。

虎三郎は十分に注意払いながら、その男に向かって歩を進め、剣の間合いの数歩手前で歩を止めた。

そして虎三郎が男に問う。

「何をしている?」

「お前にそんな事を言う必要はねぇだろ」

不敵な笑みを浮かべたまま男は答えた。

虎三郎が男に向かって、いつでも刀が抜ける様、十分に用心をしながら丁寧に述べる。

「私は新撰組の隠岐虎三郎である。そちらの身元も明かして頂きたい。場合によっては屯所まで同道を願いたい」

「新撰組かよ。新撰組ってぇのは弱虫集団じゃなかったのか!?」

男が虎三郎を挑発する様に言った。

虎三郎は男の白地な挑発に対して、不快感を表情に出す。

「なに!?」

「どうやら、図星だった様だな」

男は虎三郎の反応を楽しむ様に言った。

今度は不快感を言葉にする、虎三郎。

「新撰組と私を侮辱する気か!?」

「こんな時間に一人で出歩いて、小便を漏らしてるんじゃねぇのか。ふはははは、」

男が虎三郎を侮辱する言葉を吐き、声に出して虎三郎を嘲る様に笑った。

虎三郎は提灯を放り出して刀を抜き、男に向かって構え、声を張り上げる。

「もう勘弁出来ん!刀を抜け!」

道端で提灯が燃えていく。

その炎と夜空に浮かぶ満月の月明かりが二人を照らしていた。

「この俺とやろうって言うのか!?新撰組は頭も悪ぃのかねぇ」

それでも男は動じずに、そう言いながら刀を抜いて、無防備に片手で刀を握り、虎三郎と向き合う形になった。

男には、まだ、不敵な笑みが張り付いたままである。

二人は数瞬の間、睨み合う。

道端で燃えていた提灯の炎が消えていく。

その炎が消えた瞬間を切っ掛けに、虎三郎が先に動いた。

虎三郎が男に向かって鋭く斬り掛かって行く。

男は難無く片手で握った刀で虎三郎の刀を受け流して、体を入れ替えると同時に、そのまま虎三郎に刀を振った。

虎三郎は男の刀を躱したつもりでいたが、脇腹辺りを羽織と共に皮一枚程、斬られていた。

二人は再び向き合って、男が虎三郎に声を掛ける。

「ほほう、中々やるじゃねぇか」

虎三郎は男を睨みつけたまま無言で応えた。

再び男の方から虎三郎へ話し掛ける。

「冥土の土産に教えてやるよ」

虎三郎は無言のまま次の言葉を待つ。

「俺の名は岡田以蔵。あははは、」

そう言いながら男は声を上げて笑った。

岡田以蔵。

通称、人斬り以蔵である。

土佐出身の浪人で、倒幕派の志士達の間では名の通った男であった。

当然に新撰組からしたら、真っ先に捕らえなければならない相手でもある。

すると突然、男の背後に一人の男が現れた。
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by gushax2 | 2016-05-03 06:41 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話拾肆/彷徨える男

夏本番になって日は長くなったが、数刻前に日は落ちて辺りは闇に包まれている。

夜空には綺麗な満月が姿を現していた。

日中は少し雨が降ったりもしていたが、日が暮れる前には雨も上がって、今はもう晴れている様だ。

時折、雲が月を掠めていく。

そんな中、隠岐虎三郎は何かを求める様に、京の町中を彷徨っていた。

─────

先日の天竜が常宿している旅籠の一室での事である。

「一体、誰なんですか?」

虎三郎が天竜に訊いた。

天竜が話し出す。

「誰かどうかは、ともかくよ、」

「はい、」

虎三郎は相槌を打った。

ぶっきら棒に言う、天竜。

「そいつは夜な夜な人斬りに、京の町を彷徨っている様だぜ」

「そうなんですか?」

虎三郎は天竜に訊き返した。

自らの考えを天竜がきっぱり言い切る。

「恐らく此処しばらくの京の町における、人斬りの大半は奴が絡んでいると俺は考えている」

「はい」

虎三郎は短く応えた。

話を続ける、天竜。

「勿論、倒幕派の連中の仕業も何件かは考えられるが、」

「はい、」

虎三郎は再び相槌を打った。

天竜が虎三郎に同意を求める。

「斬られた奴等の大半は倒幕派の連中だろ!?」

「そうですね」

虎三郎は天竜に合わせた。

話を続ける、天竜。

「ちょっと考えたんだがよ、」

「はい、」

虎三郎は何度となく相槌を打っている。

強い口調で言い切る、天竜。

「奴は誰彼、構わずに出くわした相手を斬る」

「なるほど」

虎三郎は天竜の話に納得した。

天竜がいきなり衝撃的な私見を述べる。

「そして恐らく、源太郎の件も奴の仕業なんじゃねぇのかな」

「えっ!?」

当然に虎三郎は吃驚した。

話を続ける、天竜。

「これは憶測にしか過ぎねぇけどよ、」

「はい、」

虎三郎は天竜の話の邪魔をしない様に、相槌を打ち続けている。

更に話を続ける、天竜。

「源太郎を斬れる奴なんか、そうは居ねぇだろうからな」

「はい、」

虎三郎が、再び相槌を打った。

自らの考えを次々と述べてく、天竜。

「とにかくよ、虎次郎と同じ様に、よ、」

「はい、」

相槌を打ち続ける、虎三郎。

天竜は自らの結論を述べる。

「夜、出歩いていりゃあ、その内に出くわすだろうよ」

─────

この様な天竜の話を聞いて、虎三郎は虎次郎の敵を討つべく毎夜の様に、こうして京の町中を一人で彷徨っているのである。

更に、そいつは虎三郎達の父親であった、源太郎の敵でもあるのかもしれない。

そう考えると、自分がなんとしてでも敵を取らなければならない、と強い気持ちを抱かずにはいられなかった。

虎次郎を斬った奴は、決して他の誰にも斬らせる訳にはいかない。

だから一人なのである。

本来、新撰組では単独行動が禁じられていた。

その禁を破ってでも、なのである。

新撰組は新撰組で、そんな隠岐家の事情を理解する様な形で静観していた。

例え咎めなければならなくなったとしても、全ての片が付いてからでいいという意味で、今すぐ口を出す必要は無かったのである。

そして虎三郎が兄の敵を探して、夜な夜な京の町を彷徨い始めて、一週間は過ぎたのだが、不審な人物に遭遇する事も無く、それどころか誰とも出会う事すら無かったのだ。

そして今日もまた、何事も無く過ぎていこうとした矢先に、一人の不審な者の姿が虎三郎の視線の先に捉えられた。
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by gushax2 | 2016-05-02 06:27 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話拾参/優しき男

初夏の日差しの中、数人の子供達が遊んでいる。

そして、その中に虎士郎の姿もあった。

先程まで此処、壬生寺の境内では新撰組の訓練も行われていたが、今は隊士達の姿も無く、子供達の楽しそうな笑い声が響いている。

よく虎士郎は新撰組の訓練が終わる、これぐらいの時間に壬生寺に来て、子供達と一緒に遊んでいた。

そこへ一人の男がやって来て、虎士郎に声を掛ける。

「虎士郎さん、ちょっといいですか?」

「はい、なんでしょうか」

虎士郎が応えた。

「ごめんよ。ちょっと虎士郎さんをお借りするよ」

子供達に向かって男はそう言った。

子供達は口を揃えて、その男に対して文句を言ったりしていたが、すぐにまた遊びに夢中になっていく。

虎士郎は男に促されて、二人でちょっと離れた所まで移動して、子供達が遊んでいる姿を見る形で隣り合って腰を下ろした。

「なんでしょうか?総司さん」

先ず虎士郎が用件を尋ねた。

総司と呼ばれた男、沖田総司は少し言い辛そうに言う。

「いや、虎次郎さんが亡くなられたでしょう、」

「はい」

虎士郎が短く応えた。

沖田と虎士郎は、よく此処で一緒に子供達と遊ぶ仲であったのだ。

沖田は虎士郎に気遣いを示す。

「で、ちょっと心配になって、」

「そうですか。でも、もう大丈夫です。心配して頂いて、ありがとうございます」

虎士郎は気丈に礼を述べた。

沖田が視線を下に落として話を続ける。

「それにしても虎次郎さんが斬られるとは、」

「はい、」

虎士郎が相槌を打った。

沖田が虎次郎の死を残念がる。

「虎三郎さん程じゃないにしても、中々の使い手ではあったのに、」

「はい、」

虎士郎が再び相槌を打った。

そして沖田は視線を虎士郎へ戻して、突然に尋ねる。

「虎士郎さんは新撰組に入る気はないのですか?」

「なんですか!?いきなり??」

当然に虎士郎は吃驚して訊き返した。

沖田は視線を前方に向けて話し出す。

「虎三郎さんは最近、虎次郎さんの敵を取る為に、毎夜の様に見廻りをしている様です」

「そうですか、」

今度は虎士郎が視線を下に落とした。

淡々と話をする、沖田。

「虎士郎さんも、これを機にと私は思ったのですが、」

「僕には無理ですよ」

虎士郎は沖田の言葉を否定した。

沖田も虎士郎の言葉を否定して返す。

「そんな事はないと思うけどなぁ。以前一度、入隊試験を受けた時の動きは、中々筋が良い様に思えましたよ」

「僕には、とても他人を斬るなんて事は出来ませんから」

虎士郎は自分が新撰組に入隊が不可能と思われる、率直な理由を述べた。

沖田は虎士郎に視線を戻して言う。

「そう言えば、入隊試験の時も攻撃は全然しませんでしたね」

「はい」

虎士郎は短く応えた。

踏み込んで訊く、沖田。

「なんで、ですか?」

「怖いのかもしれません」

虎士郎は素直に答えた。

更に踏み込んで訊く、沖田。

「何がですか?」

「他人を斬る事も、自分が斬られる事も、」

虎士郎は再び素直に答えた。

沖田は虎士郎の言葉を一通り聞いて、納得が出来た様に話す。

「確かに他人を斬る事は自分が斬られる、と云う事に繋がるのかもしれませんね」

「総司さんは怖くはないのでしょうか?」

今度は虎士郎が沖田に訊いた。

淡々と応えていく、沖田。

「怖くない、と言ったら嘘になるのかもしれませんが、」

「はい、」

虎士郎が相槌を打った。

沖田も素直に応えていく。

「今は自分の力を試したい、その様な思いの方が強いのでしょうね」

「自分の力、ですか、」

虎士郎は沖田の言葉を自分へ向けて呟いた。

淡々と言葉を続ける、沖田。

「今、時代は揺れ動いています。そんな中で自分がどれだけの事が出来るのか」

虎士郎は何も言えず、沖田の言葉を待つ。

「あの子供達の為に、私が何か出来る事は、と、ただただ、そう思うのです」

沖田は子供達に優しい眼差しを向けている。

虎士郎は俯いて、拳を握り締めていた。
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by gushax2 | 2016-05-01 06:30 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話拾弐/勿体振る男

「どうだ?少しは腕を上げたか?」

一際大柄な男は言った。

額から左頬にかけての大きな刀傷が目立っている。

黒谷天竜であった。

「どうでしょうか。毎日、欠かさずに鍛錬はしてますが、僕が強くなったのかどうかは自分では測りかねます」

話し相手の男には取り立てて言う程の事はなかった。

強いて挙げるなら、端正な顔立ちだ、と言うくらいである。

隠岐虎三郎であった。

そして天竜がぶっきら棒に言う。

「そういうもんかもしれねぇな」

「はい」

虎三郎が短く応えた。

とある旅籠の一室で、二人は向き合って言葉を交わしている。

部屋にある行灯の灯りが二人の男達を薄らと照らしていた。

外はすでに闇に包まれているだろう。

そして二人はお互い思い思いに酒を酌み、酒を飲んでもいた。

天竜が虎三郎に期待を寄せる。

「とにかくお前には、もっと、もっと、強くなって貰わんと」

「余り期待はし過ぎないで下さい」

苦笑しながら虎三郎は応えた。

虎三郎の言葉を受けて、天竜が更に付け加える。

「いや、期待は勿論なんだがよぅ。忠告でもあるんだよ」

「僕が他の誰かに斬られる事を心配しての事でしょうか!?」

虎三郎は天竜の言葉の真意を伺った。

今度は冗談混じりに言う、天竜。

「そういう事だ。俺が虎三郎を斬る事が出来なくなるんじゃないかと心配でな」

「天竜さんらしいですね」

虎三郎は再び苦笑した。

そして天竜が話を本題に乗せようとする。

「で、実はよぅ、」

「なんでしょうか?」

虎三郎は天竜に視線を送った。

いきなり衝撃的な話を打ち明ける、天竜。

「俺は虎次郎を斬った奴を知ってるんだけどな」

当然にすぐには信じられないので訊き返す、虎三郎。

「本当ですか?」

更に虎三郎は身を乗り出して、続け様に尋ねる。

「誰なんですか?」

「いんや、それは言わんでおくわ」

天竜は勿体振った。

勿体振る天竜には構わずに、虎三郎が天竜を問い詰める。

「なんでですか?教えて下さい。お願いします」

「それよりもよぅ、」

天竜は話をはぐらかす。

はぐらかされても構わずに食い下がる、虎三郎。

「身内の敵も取れずに武士と言えましょうか」

「そうなんだよ、だからよぅ、」

天竜は不満そうに話を続ける。

虎三郎が相槌を打つ。

「はい、」

「そいつを俺が斬る訳には、いかねぇんじゃねぇかと、」

珍しく天竜が言い淀む。

そんな天竜の様子を見て、虎三郎がきっぱりと言い切る。

「僕が必ず敵を取ってみせます」

「本当はよ、どっちも俺が斬りてぇんだけどな」

天竜はまだ不満を表していた。

虎三郎が天竜の不満を余所にして詰め寄る。

「僕に敵を討たせて下さい。そうして頂けるのなら、その後、僕が天竜さんに斬られる事になったとしても、」

「だからよぅ、決めたんだよ」

天竜が虎三郎の言葉を遮って言った。

虎三郎は天竜に訊く。

「何をですか?」

「敵を取るなら、勝手にしな」

天竜が突き放す様に言った。

不貞腐れる様に応える、虎三郎。

「そうさせて頂きます」

「俺は虎三郎と奴とで生き残った方を斬る」

天竜は仕方がなさそうに、そう言った。
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by gushax2 | 2016-04-30 06:53 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話拾壱/憤る女

数日前の事である。

京の町で何者かに虎次郎が斬られていた。

今、京の町は尊皇攘夷で揺れている。

一年程前には当時、隠岐家の当主だった源太郎も何者かに斬られていた。

単なる道場主の源太郎が被害に遭うくらいなので、新撰組の隊士である虎次郎が被害に遭っても、何ら不思議は無い状況ではある。

実はどちらも虎士郎の別人格がやった事なのだが、周囲には明らかになっていない。

当の本人でさえ、その自覚がないくらいであった。

それはともかく一年前の悲劇が再び繰り返されたのだ。

そんな隠岐家では虎次郎の悲報を受けてからというもの、その対応に追われる事になる。

そして前日に虎次郎の葬儀も無事に終えて、周囲の人々も日常へと戻ろうとしていた。

しかし数人だけが、まだ虎次郎の死を受け止められずにいる。

その内の一人は隠岐四兄弟の母であった。

隠岐四兄弟の父であり、夫であった源太郎を亡くしてからというもの、めっきり元気を無くしていたが、実の子の虎次郎まで失う事となって、更なる落胆を顕さずにはいられなかったのである。

何とか虎次郎の葬儀には出席したものの、その後はずっと床に伏せっていた。

もう一人は虎次郎の許嫁であった、お園という女子である。

お園と虎次郎は、この秋にも結婚をして、晴れて夫婦となる予定だった。

そんな矢先での悲報でもあった。

そのお園が虎士郎の家に来ている。

「虎士郎ちゃん、どうして虎次郎様が死ななければならないの?」

お園が泣きながら虎士郎に、どうしようもない様な事を訊いた。

それでも少しの間を置いて、虎士郎が俯きながら応える。

「ごめん。お園ちゃん。僕がもっと確りしていれば、」

「こっちこそ、ごめんなさい。虎士郎ちゃんも辛いんだよね」

虎士郎の様子を見て、少し我に返ったお園が謝り、更に虎士郎を気遣った。

気遣われた虎士郎も、お園に対して率直な心情を吐露する。

「うちで僕に、よくしてくれたのは、母上以外では虎次郎兄さんだけだったから、」

お園は泣き続けている。

暫くの間をおいて、虎士郎が独り言の様に呟く。

「でも、僕は虎次郎兄さんが羨ましいな」

「なんで?」

お園は虎士郎の呟きに疑問を示した。

虎士郎はお園の疑問に素直に答える。

「だって虎次郎兄さんは新撰組にも入隊出来たし、一応は武士としての道を全う出来たと思うんだ」

しかし虎士郎の答えを聞いて、お園の疑問が更に強まる。

「武士って、なんなの!?」

「僕なんか、武家に生まれたにも拘らず、人を斬る事すら出来ない出来損ないだから」

どうやら虎士郎は卑屈になっている様だった。

虎士郎の卑屈な言葉に対して、お園が更に詰め寄る。

「だから武士って、なんなの!?人を斬る事が武士なの?」

虎士郎は何も言えなかった。

お園はどうしても納得がいかずに語気を強める。

「そんな理由で虎次郎様は死ななければならないの?ねぇ、答えてよ!」

「お園ちゃん、」

虎士郎はどうしたらいいのか分からずに、それだけを言うのが、やっとだった。

お園が叫びながら虎士郎に縋り付く。

「お願いだから、答えてよ!」

虎士郎は何も言えず、虚空を眺めるしかなかった。
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by gushax2 | 2016-04-29 05:40 | 壱章/人斬り