カテゴリ:壱章/人斬り( 30 )

壱章/人斬り/挿話拾/不覚を取った男

ちょうど一年程前の事であった。

もう幾らもしない内に夏を迎える、そんなある日の事である。

源太郎は知人の祝い事を早々に切り上げて、のんびりと自宅へ向かっていた。

すでに日は沈んでいたが、酔って火照った体には夜風が心地好いくらいである。

少しだけ欠けた月が夜空から源太郎を見下ろしていた。

知人達はまだ宴会をしている事だろう。

源太郎は武道を歩む者として、日々の鍛練を欠かす訳にはいかなかった。

だから一人で宴会を早々に切り上げてきたのである。

子供達はすでに日課の鍛練を済ませている事だろう。

先に済ませておく様に申し付けておいたからだ。

後は源太郎自身の鍛練を済ませるだけである。

これから自宅の道場に帰って、日課の鍛練をするつもりでいた。

しかしまだ酔いが醒めずにいる。

少し酒を飲み過ぎた様だった。

これまで、こんなにも酔いが回った事は無い。

夜風に当たれば、すぐにでも酔いは醒めると思っていたが、歳の所為もあるのか、まだ完全には、酔いから醒める事は出来ていなかった。

少し不覚を取ったかな、と自省しながら歩を進めて行く。

すると左手に持った提灯の灯りの先に人影が現れる。

この時代に夜道で他人と出くわす事は滅多に無い。

余程の事が無い限り、わざわざ夜道を歩く物好きは、そうそう居ないのだ。

だから源太郎は一応の用心をする。

今、京の町は尊皇攘夷で揺れていた。

しかし源太郎は政治的な活動をしている訳ではなかった。

単なる剣術道場の道場主にしか過ぎない。

自分の息子達を含め、門下生を何人も新撰組へ送り出してはいるが、政争に巻き込まれる事は考え難い立場ではあった。

それでも一応の用心はしながら歩を進めて行く。

相手の顔を確認して、吃驚すると共に安堵する。

「虎士郎じゃないか。こんな時間に、どうしたんだ?」

源太郎の方から虎士郎に声を掛けた。

虎士郎からの返事は無い。

「私に何か用件があるのか?」

源太郎が虎士郎に再び問う。

虎士郎は源太郎の問いには構わずに、刀を抜いて源太郎に斬り掛かる。

源太郎は何の抵抗も出来ないまま、虎士郎の刀に喉を貫かれた。

完全に油断だった。

まさか自分の息子に襲われるとは思いも寄らなかっただろう。

更に酒に酔っていた事が本当の不覚だった。

酔ってさえいなければ斬られる前に、虎士郎の狂気を察知する事が出来たのかもしれなかった。

曲がりなりにも隠岐流剣術を極めた源太郎なのだ。

その源太郎が酒による不覚と身内に対する油断が重なる事で、呆気なく葬られてしまう。

それも実の息子の一人に。

誰に知られる事も無く、一つの悲劇が此処で演じられていた。

虎士郎は源太郎の喉から刀を引き抜くと、刀を空で一振りして、刀に付いた血を振り払い、ゆっくりと刀を鞘に収める。

同時に源太郎の体は地面に倒れ込んでいた。

傷口から血が流れ出て、地面に血溜まりが拡がっていく。

すでに源太郎は絶命していた。

そして虎士郎は何事も無かったかの様に、その場から立ち去って行く。

その場には源太郎の屍だけが残された。
[PR]
by gushax2 | 2016-04-28 05:39 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話玖/隠岐虎士郎という男

隠岐虎士郎。

京都で有数の剣術道場を開いている隠岐家の四男で、三男の虎三郎とは二卵性双生児である。

長子である虎太郎とは五つ、次兄である虎次郎とは二つ、年が離れていた。

そして武家の家系に生まれた為、当然ながら兄達と共に、武道を叩き込まれる事になる。

その隠岐家では出来の悪い者に対して、より厳しい修行を課していた。

虎三郎と虎士郎が修行に加わるまで、その扱きの対象は虎次郎であったのだが、虎三郎と虎士郎が修行に加わる様になると、その扱きの対象は虎士郎へと移る事になる。

虎三郎は幼少の頃から優秀だったからだ。

一方、虎士郎は剣術の修行において、表面的には何の才能も発揮が出来ずにいた。

その事で虎士郎は周囲から『隠岐家の恥晒し』と罵られたりする事になってしまう。

そして虎士郎が十六歳になった時に『隠岐家の恥晒し』をいつまでも本家に置いておく事は出来ないという事で、本家からは追い出されて、近所で一人暮らしをさせられる事になる。

ただし母親の計らいで、生活に必要な物は用意されていたので、自立が出来ているとは言い切れなかった。

そんな中、虎士郎が本家から追い出されるのと時を同じくして、多重人格が顕れ始める。

夜になり主人格が眠りに就くと、もう一つの人格が目を覚まし、夜な夜な京の町に出掛けて人を斬っていた。

この二つの人格はそれぞれ別人格の存在を知らず、別人格の時の記憶は全くない。

そして主人格の時には人を斬るどころか、他者に攻撃を加える事すら出来なかった。

しかし、もう一つの人格の方は非常に残忍で、人を斬る事のみを生きる糧としているのである。

また主人格の時には、厳しい修行の成果も見た目には出せないでいたのだが、もう一つの人格には、その修行の成果と虎士郎の内に秘めたる才能が、十分に見て取れた。

虎士郎は父と兄からの扱きを受ける事で、いつしか人並み外れた観察力を身に付けていたのである。

そして、その観察力を以って、扱きを受ける際に急所を外す事をしていた。

攻撃を躱そうと思えば躱す事も出来たが、躱してしまうと、その後、余計に扱きが厳しくなったりもする。

それを避ける為に攻撃を受けながらも、ダメージを最小限に抑える術を身に付けていた。

そして、その様な事が実戦において、虎士郎を無敵の強さにしていたのだろう。

虎士郎には相手の攻撃の全てを見切る事が出来た。

相手を攻撃する力が未熟でも、相手からの攻撃を受けなければ、いつしか相手に隙も出来る。

その隙を突いて攻撃すれば、未熟な攻撃も有効に出来た。

その様にして、これまで虎士郎は人を斬り続けてきたのである。

因みに虎次郎を斬った時は、虎次郎を待ち伏せしていたのではなく、誰かが通り掛かるのを待伏せていたところを、たまたま虎次郎が通り掛かっただけであった。

虎士郎はいつも、その様に京の町の何処かで待伏せて、通り掛かった誰かを斬っていたのである。

そして実は、隠岐四兄弟の父である源太郎を斬ったのも、この虎士郎なのであった。

しかし、その事も主人格は全く覚えていない。
[PR]
by gushax2 | 2016-04-27 06:12 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話捌/不用意な男

暗闇の中、京の町中を一人の男が歩いている。

もうすぐ夏本番を迎える、そんな初夏の夜での事。

夜空には月も星も出ていなかった。

日中は一時、雨が降ったりもしていたので、まだ空は雲に覆われているのかもしれない。

その男は左手に提灯を持っていた。

新撰組の提灯である。

新撰組の隊士ではあるのだろうが、新撰組の隊士がよく纏っていた、浅葱色の羽織りは纏っていなかった。

一人である事も含めて、私用での外出なのだろう。

しかし提灯は新撰組のものを使用していた。

結構いい加減なものである。

これと言って特徴的なところがある男ではなかった。

この男の名は隠岐虎次郎。

新撰組にも多くの隊士を輩出して、京都で一番評価の高い剣術道場を開いている、隠岐家の次男である。

そして虎三郎と虎士郎の兄でもあり、更にはお園という女子の許嫁でもあった。

その虎次郎が来た方角のちょっと先には有名な遊郭があって、どうやら虎次郎は女子を買った帰り道の様である。

─────

許嫁がいながらも何故、遊郭へ行く必要があるのか。

この時代、結婚前に情を交わす事は一般的ではない。

特に武家である隠岐家に生まれた虎次郎が、遊郭に行くのは当たり前なくらいであった。

幾ら侍であっても男である以上、抑えきれないものもある。

─────

すると虎次郎の行く手の先に人影が見えてきた。

この時代のこんな時間に、町中で他人と出会う事は滅多に無い事である。

虎次郎と同じく女子を買うか、何かしらの暗躍の必要がない限り、こんな時間に外を出歩く人は、全くと言っていい程に居ないからだ。

ひよっとしたら倒幕派の志士であるのかもしれない。

虎次郎も新撰組の隊士の一人である以上、そうであった場合は見過ごす訳にはいかなかった。

いずれにしろ先ずは、その人影がどの様な者なのかの確認はしなければならない。

そして虎次郎は、その人物が倒幕派の志士である可能性も考え、十分に用心をして、ゆっくりと歩を進めて行く。

そして相手の顔を確認が出来る様な距離になると、虎次郎は緊張の糸を解きほぐした。

「なんだ、虎士郎じゃないか」

虎次郎から虎士郎に声を掛けたが返事はない。

仕方なく、再び虎次郎から話し掛ける。

「こんな時間に出歩くなんて、珍しいな」

そう言いながら不用意に虎次郎は虎士郎へと、更に近づく。

その途端に虎士郎は刀を抜き放って、虎次郎へと斬り掛かった。

虎次郎は虎士郎の刀に喉を貫かれる。

あっという間の出来事であった。

そして虎士郎は虎次郎の喉から刀を引き抜くと、刀を空で一振りして、刀に付いた血を振り払い、ゆっくりと刀を鞘に収める。

同時に虎次郎の体は地面に倒れ込んでいった。

傷口から血が流れ出て、地面に血溜まりが拡がっていく。

そして虎士郎は何事も無かったかの様に、その場から立ち去った。

その場には動かなくなった虎次郎だけが残される。

暫く経ってから、そこへ一人の一際大柄な男が現れた。

額から左頬にかけての大きな刀傷が目立っている。

黒谷天竜であった。

「悪かったな、虎次郎よ。しかし面白いもんを見させて貰ったぜ。虎次郎よ、奴は俺が斬るぜ」

天竜はすでに事切れているであろう、虎次郎に語り掛けた。
[PR]
by gushax2 | 2016-04-26 05:08 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話漆/隠岐虎三郎という男

隠岐虎三郎。

京都で有数の剣術道場を開いている隠岐家の三男で、四男の虎士郎とは二卵性双生児である。

長子である虎太郎とは五つ、次兄である虎次郎とは二つ、年が離れていた。

そして武家の家系に生まれた為、当然ながら兄達と共に、武道を叩き込まれる事になる。

その隠岐家では出来の悪い者に対して、より厳しい修行を課していた。

虎三郎と虎士郎が修行に加わるまで、その扱きの対象は虎次郎であったのだが、虎三郎と虎士郎が修行に加わる様になると、その扱きの対象は虎士郎へと移る事になる。

虎三郎は幼少の頃から優秀だったからだ。

父の源太郎はそんな虎三郎をとても可愛がった。

長子の虎太郎と、それに負けるとも劣らない、いや、それ以上の才能を感じる事も出来る虎三郎を、源太郎は溺愛する。

それは長子である虎太郎と同じくらいか、それ以上と言ってもいいくらいであった。

そんな中で順調に成長していく、虎三郎。

兄弟達の中では微妙な立ち位置に立たされる。

長子の虎太郎は父である源太郎に引っ付いて、剥がそうにも剥がせない様な感じであった為、源太郎と一緒に、時には源太郎以上に、虎次郎と虎士郎を扱きに扱いた。

源太郎にとって虎次郎と虎士郎は出来が悪くとも、実の子供である事には変わりがなく、その扱きにも愛情があってのものであったが、虎太郎には出来の悪い弟達に対しての嫌悪感の様なものがあった。

それが時に過剰とも言える程の扱きを、虎次郎と虎士郎に強いる事にもなっていた様である。

勿論、虎三郎が扱きの対象になる事もあったが、出来の良かった虎三郎を源太郎は可愛がっていたので、それを見ていた虎太郎は、虎三郎に対しての遠慮があったりもしてした。

そんな中で虎三郎は自然と、虎太郎と虎次郎、虎士郎との仲を取り持つ様な立ち位置になったのである。

虎太郎と違って虎三郎には、虎次郎や虎士郎に対する嫌な感情は無かった。

ただ、その様な状況の中で、孤立しかねない虎太郎との距離を意識する様になっていく。

面倒見の良かった虎次郎に虎士郎を任せて、自分は虎太郎に近しい位置に居て、兄弟達の均衡を保とうとしたのだった。

その様な環境が虎三郎の人間性を育んで、また剣士としての素養を磨く事にも一役買っていたのかもしれない。

隠岐四兄弟の中でも虎三郎が一番、人間的にも剣士としても、バランスが取れていて、尚且つ優れてもいた様である。

長子の虎太郎は剣士として大変に優秀であったが、傲慢さが目立つ人間性であった。

次兄の虎次郎は剣士として平凡であったが、他人を思いやれる人間性があった。

虎三郎はそんな兄達の長所を合わせて、短所を省いた様な人間に成長した様だ。

そして虎三郎は虎次郎と共に、新撰組に入隊する事になる。

道場の跡継ぎには虎太郎が居るからだ。

虎太郎以外は他に道を模索しなければならなかった。

時代が時代だけに、就職先としての新撰組は十分に魅力的ではあっただろう。

そして新撰組という環境も、虎三郎に良い刺激を与えている様に思われる。

だから現時点では実力において、虎太郎に及ばない虎三郎ではあったが、いずれ虎太郎に追い付き追い越す事も、時間の問題なのかもしれなかった。
[PR]
by gushax2 | 2016-04-25 05:57 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話陸/黒谷天竜という男

黒谷天竜。

出身は備前(現在の岡山県)で元々は武士と云うよりも、忍者の家系であった黒谷家の五男(末っ子)として生まれて、幼少の頃より忍術の修行に明け暮れる。

その修行の際、父親に顔を額から左頬にかけて斬られたのだ。

当時、まだ天竜は五歳であった。

そして、その様な厳しい修行の成果と天賦の才に拠って、五人いた兄弟の中でも一番の使い手となる。

十歳くらいで肉体も実力も兄達を凌駕していた。

末弟である天竜は家庭の中での食事は思う様にはならなかったが、幼い頃から身に付けた忍術を用いて、自然の中で好きなだけ食べていた様である。

その様な事も天竜の肉体と実力を成長させていたのだろう。

そんな中、厳しい修行を課す父親を憎む様になって、兄達からは嫉妬に因る嫌がらせを受け続け、兄達をも憎む様になっていった。

更に父親の衰えに拠って父親以上に強くなると、それでも厳しい修行を課す父親に、更なる憎しみを募らせてゆく様になる。

末弟であった事で自由に育った事が、抑圧に対する反発を強める事になったのかもしれなかった。

そして天竜が十六歳になった時、唯一の理解者であった母親が病気で他界する。

天竜はそれを機に、家族全員を虐殺する事になったのだ。

因みに、この時から殺した人数分の自傷をする様になる。

その後、天竜は当てのない放浪の旅へと出た。

その放浪の旅の道中、とある人物との出会いに因って、天竜は自身の身の振り方を決める事になる。

そして天竜が二十一歳の時、江戸に辿り着いて、ちょうど、その頃に出来たばかりの浪士組に参加。

後の新撰組である。

天竜は幕府側に身を置く事に決めたのだった。

その浪士組の屈強な者達の中でも、ずば抜けて強かった天竜は暗殺役を任される様になる。

実は浪士組、新撰組が関わった暗殺の殆どにおいて、この黒谷天竜が大きな役割を果たしていた。

ひょっとしたら天竜が居なければ、新撰組は歴史の中で埋もれてしまったのかもしれない。

また天竜は組織の中で、かなりの存在感と影響力があったが、組織の政治的な活動には一切関わろうとしなかった。

あくまでも人を斬る仕事に徹していたのである。

そして浪士組が上洛して新撰組へ変わると同時に、暗殺役として新撰組零番隊隊長に任じられた。

隊士はいない。

実はこの時に一部、内部分裂を起こしてはいたが、幕府側に身を置く事を決めた天竜は、当然に新撰組に残る事にしたのである。

その後も新撰組零番隊隊長として人を斬り続けて、今、天竜の体には約百五十箇所もの傷が刻まれる事となった。

天竜は決して、やたらに人を斬ってきた訳ではない。

仕事上、仕方なくであったり、自らに降りかかる火の粉を振り払う為だったり、自身が斬る価値を感じない相手を斬る事もあったが、それ以外は自身が斬る価値を感じた相手を斬ってきた。

因みに父親に斬られた顔の傷以外は、全て自傷に因るものである。

その数が約百五十なのだ。

天竜は決して表舞台には立たず、ただただ人を斬る理由を求め、新撰組に身を置いているのである。
[PR]
by gushax2 | 2016-04-24 05:13 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話伍/見込まれた男

新撰組の屯所である前川邸の廊下で二人の男が話をしていた。

月明かりと部屋から漏れた灯りが、薄らと二人を照らしている。

一人は取立てて言う程の事もないのだが、もう一人は一際大柄な男であった。

この大柄な男、名を黒谷天竜と云う。

天竜は夜空を見上げながら地面に立っていた。

「まさか、あんな奴等が以蔵の情報を握っているなんて、思いも寄らなかったぜ」

「人斬り以蔵ですか」

相手は隠岐虎三郎と云う男である。

虎三郎は廊下の縁で正座をしていた。

天竜が虎三郎の方へ向きを変えながら言う。

「ああ、奴は俺が斬るぜ。だから俺もちょっと後悔してるのさ」

「後悔してる様な顔には見えませんよ」

虎三郎は少し微笑んで言った。

そんな虎三郎の言葉を受けて、天竜は強気に言い放つ。

「うるせぇ!虎三郎。お前もいずれは俺に斬られるんだからな。覚えておけよ!」

「僕なんか斬っても、なんの面白味も無いですよ」

虎三郎はまだ微笑んでいた。

そんな虎三郎に合わせる様に、天竜も微笑みながら言う。

「そんな事はないぜ。隠岐流剣術の突きは十分に面白い」

「突き、ですか。天竜さん、何か知っているんですか?」

微笑みが天竜に移ってしまったかの様に、今度は虎三郎が微笑むのを止めて天竜に訊いた。

惚ける様に外方を向きながら言う、天竜。

「いや、俺は何も知らねぇよ。ただ隠岐流剣術の突きには何かがあると睨んでいる」

「そうですか」

虎三郎は短く応えた。

天竜が虎三郎の方へ振り返りながら、楽しそうに訊く。

「どうだ?図星か?」

「さあ、どうでしょうか」

虎三郎が再び微笑みを浮かべながら、はぐらかした。

再び天竜も微笑みながら言う。

「そりゃあ、言える訳ねぇよな。とにかく突きも含めて、まだまだだけどな。虎三郎はな」

「じゃあ僕は、もっと、もっと、精進しなければなりませんね」

今度は真顔で虎三郎が応えた。

再び天竜が向きを変えて、夜空を見上げながら言う。

「是非にでも、そうしてくれよ。源太郎の奴は何者かに斬られちまうしよ」

「父上ですか」

虎三郎が寂しそうに言った。

夜空を見上げたまま言う、天竜。

「虎次郎よりは、お前の方が強いだろ。虎太郎もいずれは斬るにしてもよ」

「虎士郎はからっきしですもんねぇ」

虎三郎は苦笑した。

まだ夜空を見上げている、天竜。

「隠岐家の恥晒し、か。俺は虎士郎とは会った事ねぇけどよ。しかし双子でこうも違っちまうんだな」

「虎士郎もその気になりさえすれば、そんな事もないと思うんですけどね」

虎三郎が虎士郎を擁護する。

天竜は虎三郎の方へ振り返りながら言う。

「そうなのか!?じゃあ今度、自分の目で確かめさせて貰うよ」

「いえ、その必要はないでしょう。虎士郎は性格上、その気にはなれないでしょうから」

今度は虎士郎を突き放す様に虎三郎が言った。

天竜が会話を〆に掛かる。

「そうか。じゃあ、そろそろ行くぜ」

「はい」

虎三郎は短く応えた。

微笑みながら天竜が言い放つ。

「手柄はまた今度の機会にくれてやるよ」

「いえ、手柄なんて要りません。また切腹させられそうになるのは勘弁です」

虎三郎も負けずに微笑みながら言い返した。

苦笑しながら言う、天竜。

「ははは。それもそうだな。虎三郎が切腹する事になったら、後悔するのも俺の方だしな」

そして天竜は一人、闇の中へと消えて行った。
[PR]
by gushax2 | 2016-04-23 05:49 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話肆/とばっちりな男

もうすぐ春も終える、そんな晩春の夜の事である。

時刻は五つ半を過ぎた頃であろうか。

すでに日が暮れてからは大分、刻が過ぎていた。

夜空には上弦の月が浮かんでいる。

新撰組の屯所である前川邸の廊下の縁に、一際大柄な男が一人で腰を下ろして、庭の方を向いて目を瞑り、微動だにせずに、ただ、そこに存在していた。

夜空からの月明かりと部屋の中から漏れてくる灯りが、闇の中にその男の姿を薄らと浮かび上がらせている。

その男の顔には大きな刀傷があったが、この程度の明るさでは、その傷を確認する事は出来ないのかもしれない。

そこに一人の男が通り掛かる。

細身で精悍な顔付きの男だった。

年齢は二十歳を超えたくらいであろうか。

体の大きさは、大きくもなく小さくもなく、と云ったところだろう。

そして男は廊下の縁に腰を下ろしている一際大柄な男に気付いて声を掛ける。

「天竜、珍しいな」

「すぐに出て行くさ」

天竜と呼ばれた一際大柄な男はそう応えると、ゆっくりと目を開けて続け様に尋ねる。

「それより虎三郎はどうした?」

「大丈夫さ。あいつが何かした訳じゃねぇからな」

男は素っ気なく応えた。

短く返す、天竜。

「そうか」

「何かしたのは、お前の方だろ。おかげで俺まで、えらい目に遇ったぜ」

男はまるで天竜に非があるかの様な物言いをした。

天竜も負けずに言い返す。

「うるせぇ!俺は人を斬るのが仕事なんだよ!寧ろ俺の前に奴等をよこした、一に責任があるんじゃねぇのかい!?」

「近藤さんみたいな事を言うんじゃねぇよ」

一と呼ばれた男は天竜に対して文句を言った。

返す様に文句を言う、天竜。

「あんな奴と一緒にするんじゃねぇよ」

「そいつは悪かったな」

そう言いながら一と呼ばれた男、斉藤一はその場を立ち去って行く。

因みに斉藤は新撰組の中で、三番隊の隊長を任されている男であった。

天竜は再び目を瞑って微動だにしなくなる。

まるで大きな岩の様であった。

半刻もしない内にまた一人、男が通り掛かる。

外見は取り立てて言う程の事もない様な男だった。

強いて言うならば、端正な顔立ちで年の頃は、まだ若く、二十歳に届くかどうかであろう。

この男が先程、天竜と斉藤の会話に登場していた、虎三郎と云う男である。

三番隊の隊士の一人で先程、此処を通り過ぎて行った、斉藤の部下でもあった。

そして虎三郎は天竜の存在に気付いて膝を折り、額を床に着ける様に丁寧に礼を述べる。

「あ、天竜さん。この度はどうもありがとうございました」

「虎三郎、頭上げな。俺は別に、お前に礼を言われる筋合いはねぇよ。寧ろ、お前には俺の方が悪い事をしちゃったんじゃねぇのかなってな」

天竜は地面に立ち上がって、月を見上げながら言った。

虎三郎は天竜の気遣いを素直には受け取れずにいる。

「いえ、天竜さんが近藤さんに進言してくれなければ、私は、もう、」

「それぐらいにしておきな。それよりも奴等が人斬り以蔵の情報を握っていたとはなぁ」

虎三郎の言葉を遮って、左手で右腕にある無数の傷を掻きながら、天竜は言った。
[PR]
by gushax2 | 2016-04-22 06:07 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話参/異様な男

六郎と嘉兵衛は戸惑っていた。

突然に桜の木の反対側から何者かに声を掛けられて、正体を確認する為に、二人で挟み込む様に反対側へと回り込んだのだが、二人の目に飛び込んできた光景は、二人の経験に依る予測を遥かに超えていたからである。

一際大柄な男が桜の根と根の間に腰を下ろし、両脚を投げ出して背を幹に預けたまま大欠伸をしていた。

その体の大きさが先ず、これまでに出会った事のない程に大柄な男である。

腰を下ろした状態で十分に、その大きさが常識外れのものである事を理解が出来る程の大きさであった。

立ち上がった時には、もっと驚く事になるのかもしれない。

しかし、体の大きさだけであるなら驚きはすれども、こうまで戸惑う事は考えられないだろう。

二人を戸惑わせていた要因は、その大きさ以上の異様な風体にあった。

顔を見ると、額から左頬にかけて大きな刀傷があり、よく見ると他にも、首から胸にかけて、袖から見える腕、裾から見える脚と、至る所に切り傷がある。

更に髷も結わずに蓬髪であった。

出で立ちは六郎達とそんなには違わずに粗末なものに見える。

侍と云うよりは相撲取りと云う事であれば納得が出来そうだった。

しかし脇に刀が置いてある事から、侍ではあるらしい。

年齢は二十代、いや、三十代でも、おかしくはないだろう。

そして、その異様な容姿に戸惑いながらも六郎が再び尋ねる。

「何奴?」

「俺に刀を向ける奴には答えたくないね。もし、やるってんなら覚悟だけはしておけよ。俺は強いぜぇ~」

その異様な男は楽しそうに言った。

六郎達と違って、全くと言っていい程に緊張感は感じられない。

六郎と嘉兵衛は往なされた様な感じになって、顔を見合わせるばかりである。

そして、この異様な男をどの様に対処すべきか迷っている様だった。

「いたぞ!あそこだ!」

突然に六郎達が来た方角から、叫ぶ様な声が上がる。

六郎と嘉兵衛は声が上がった方へ視線を移す。

そこには新撰組の隊士の一人が居た。

そして二人、三人と数を増やしながら、次々と六郎達の方へ向かって来る。

それを見た六郎と嘉兵衛は、すぐさま身を翻して逃げようとした。

しかし、その視線の先にも浅葱色の羽織を纏った者達の姿が次々と飛び込んでくる。

「やばい!囲まれたぞ!」

六郎は嘉兵衛に言った。

嘉兵衛は混乱している様だ。

六郎はすぐ異様な男に向き直って話し掛ける。

「失礼なのは重々承知の上で、貴殿にお頼みしたい事がありも」

「なるほど。そういう事か」

六郎が言い終わらぬ内に、その異様な男はそう言いながら、立ち上がって刀を横に一閃した。

途端に六郎の頭部は地面に転がって、首の切断面から血が噴き出す。

幾らもしない内に体は地面に倒れ込んで、血溜まりを拡げていく。

混乱していた嘉兵衛は、それを目の当たりにして怯えている様だった。

そんな嘉兵衛には構わずに、異様な男が言う。

「悪いなぁ、俺も一応は新撰組の隊士なんだよな」

今度は刀を縦に振り下ろして、嘉兵衛を頭から胸まで断ち割った。
[PR]
by gushax2 | 2016-04-21 05:39 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話弐/物騒な男達

ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、

はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、

二人の侍が足を止めて、年配の方の男から若い方の男に声を掛ける。

「大丈夫か?嘉兵衛?」

「はい、なんとか。六郎殿は如何でしょう!?」

嘉兵衛が六郎の言葉に応えて、更に六郎を気遣った。

ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、

はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、

二人の侍は息を切らしていた。

更には顔から汗が吹き出している。

それも当然であろう。

二人は京の町中から此処まで必死に走って、逃げて来たのである。

「いや~、参った、参った。ちょっと、あそこの木陰で休むとするか」

六郎が嘉兵衛を誘った。

嘉兵衛が短く応える。

「はい」

二人は歩を進める。

ハァ、ハァ、ハァ、

はぁ、はぁ、はぁ、

少しずつ息が整って、汗も引いていく。

六郎と嘉兵衛の目線の百尺程、先に、大きな桜の木があった。

幹の太さは大人が四人で手を繋いで、輪になったくらいの太さであろうか。

花も散り終わって、葉桜もまた、趣を異にして中々に美しい。

そんな桜の根と根の間に先ず、六郎が腰を下ろして幹に背を預ける。

続いて根を一本挟んで隣の根と根の間に、嘉兵衛が腰を下ろして幹に背を預けた。

そして六郎が嘉兵衛に話し掛ける。

「まだまだ夏は先とは言え、さすがに、これだけ走ると暑くて堪らんな」

「そうですね」

嘉兵衛は短く応えた。

ハァ、ハァ、

はぁ、はぁ、

大分、息も収まってきた様だ。

再び六郎が嘉兵衛に話し掛ける。

「全く、今日は付いてないな」

「いや、逃げ切れた様なので、そうでもないのかもしれません」

嘉兵衛の方が前向きな考えを言った。

六郎が嘉兵衛の言葉に納得する。

「なるほどな」

ハァ、

はぁ、

「なんか、あったのか?」

突然に幹の反対側から、声を掛けられた。

途端に六郎と嘉兵衛は立ち上がって、桜の木から距離を取り、刀の柄に手を添える。

そして六郎が訊く。

「何奴?」

「おいおい。声を掛けただけで刀に手を掛けるってのは、どういう了見なんだ?」

桜の木の反対側から、何者かの声だけが届いて来る。

「うるさい!いいから、出て来い!」

先ず嘉兵衛が怒鳴る様に言いながら、素早く刀を抜く。

それに続く様に六郎は黙って、ゆっくりと刀を抜いた。

六郎と嘉兵衛の息の乱れは、すでに収まっている。

代わりに二人の間で緊張感が張り詰めていく。

「物騒な奴等だなぁ。俺の顔を拝みたけりゃあ、こっちに来ればいいだろ」

桜の木の反対側に居ると思われる、何者かは、ぶっきら棒に言った。

六郎達の緊張感なんて、関係が無いかの様である。

何者かの言葉を聞いて、六郎と嘉兵衛はお互いの顔を見合わせた。

二人は一瞬、拍子抜けしたが、すぐにまた気を引き締め直す。

そして六郎が嘉兵衛に目配せをした。

それを受けて嘉兵衛は二歩程、更に距離を取って桜の木の右側から、反対側へと回り込もうとする。

六郎も二歩程、更に距離を取って桜の木の左側から、反対側へと回り込もうとした。

必然的に二人は挟み込む様な形で、徐々に桜の木の反対側へと回り込んで行く。
[PR]
by gushax2 | 2016-04-20 06:13 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話壱/柄じゃない男

時は幕末、此処、京都では、倒幕派の志士達と新撰組と云う集団に因り、毎日の様に血が流されていた。

─────

タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ、

ットットットットットットットットットット、

余り身分の高くない格好をした侍が二人、通行人の間を縫う様に避けながら、時には接触したりしながらも、京の町中を駆け抜けていた。

前を行く男が後に続く男へ叫ぶ様に言う。

「嘉兵衛!こっちだ!」

「分かりました。六郎殿!」

嘉兵衛と呼ばれた男が前を行く六郎に応えた。

二人の侍は汗だくになりながら、必死に何者かから逃げている様である。

前を行く六郎は三十歳くらいであろうか、ちょうど貫禄が出てき始めたくらいに感じられた。

後に続く嘉兵衛の方は二十代、或いは十代であっても納得してしまうくらいに、あどけなく見える。

その嘉兵衛が大声を出す。

「どけぇい!」

どた~ん!

大勢の通行人の中、一人の男が嘉兵衛に押し退けられて、地面に倒れ込んだ。

男は前のめりになって、倒れ込んでいる。

その男も侍の格好ではあったが、六郎達よりも小綺麗な出で立ちではあるので、それなりに身分のある家柄なのかもしれない。

六郎と嘉兵衛は、男が倒れ込んだ事を気にも留めずに、そのまま走り去って行く。

周囲の通行人の内、多くの者達が倒れ込んだ男に視線を向けていた。

同情の目を向ける者、好奇の目を向ける者、色々な者が居るであろう。

そんな野次馬の中から倒れた男の所へ、女子が一人、駆け寄って来た。

そして倒れ込んだ男に女子が声を掛ける。

「大丈夫!?虎士郎ちゃん!?」

「いててて、」

虎士郎と呼ばれた男が顔を上げながら呻いた。

顔立ちからすると、年齢は二十歳に満たない、と云うところだろう。

端正な顔立ちではあった。

「全く、名前は強そうなのに、てんでだらしがないんだから」

女子は少し笑いながら、そう言った。

とても愛嬌が溢れる女子である。

その表情から年の頃は、まだ若く、十代後半であろうか。

振袖を着ているので、まだ生娘であると思われる。

「待てー!」

「逃がすなー!」

六郎達が来た方向から、数人の者共が追い掛けて来た。

その者共は皆、一様に浅葱色の羽織を纏っている。

新撰組の隊士達であった。

新撰組の姿を確認した通行人は自ら道を空ける。

新撰組に絡まれると面倒な事になりかねないからだ。

そして、その空けられた道を新撰組の隊士達は六郎達を追って、あっという間に走り去って行く。

虎士郎がゆっくりと立ち上がって、裾に着いた土を払い、手に着いた土を払う。

「お園ちゃん、ありがとう」

虎士郎は女子に対して礼を言った。

お園と呼ばれた女子は虎士郎を叱咤する。

「どういたしまして。それよりも、さ。虎士郎ちゃんも一応は、お侍さんなんだから、もうちょっと確りしなきゃ駄目よ」

お園の虎士郎を叱咤する言葉から、お園と虎士郎はそれなりに近しい間柄である事が伺える。

「う~ん、僕はどうも、お侍って柄じゃない様なんだよねぇ」

申し訳なさそうに虎士郎はそう言った。
[PR]
by gushax2 | 2016-04-17 06:52 | 壱章/人斬り