<   2016年 05月 ( 31 )   > この月の画像一覧

弐章/英雄/挿話弐/四つの精霊

精霊の星。

この星は四つの精霊の守護に拠って、成り立っていた。

炎の精霊、氷の精霊、風の精霊、そして、もう一つは大地の精霊である。

しかし大地の精霊に関しては、その存在そのものを信じていない地域も少なくはなかった。

それがこの星では大きな問題になっていたのである。

特に風の大陸においては、全土で大地の精霊の存在が否定的に考えられていた。

その理由の一つは大地の大陸が存在しないからである。

伝説としてのみ南半球の海の底に大地の大陸が存在すると云う様な。

そして、この精霊の星に生まれる人間は全て、四つの精霊の内、いずれかの精霊の守護を受ける事になる。

出生率に関しては、炎の精霊の守護を受ける者が四割を超える程度、氷の精霊の守護を受ける者が三割を超える程度、風の精霊の守護を受ける者が二割を超える程度、大地の精霊の守護を受ける者は一割にも満たない。

どの精霊の守護を受けるのか、親と子との間に一切の因果関係は無く、子供が生まれた瞬間に精霊の気紛れで決定される。

更に極稀ではあるが、同時に複数の精霊の守護を受ける者も居る様であった。

そして、この星の者は皆、守護を受けた精霊の力を借りて、それぞれ独自の魔法を行使出来る様になる。

その魔法はイメージするだけのもので、イメージして出来るものは出来て、出来ないものは出来ない、と個人差も大きかった。

─────

例えば、炎の魔法は火を操って何かを燃やしたりするので、薪を燃やすくらいの事は誰にでも出来たが、才能のある者は森林を燃やしたりする事も出来た。

氷の魔法は水を操って何かを凍らせたりするので、器に入った水を凍らせるくらいの事は誰にでも出来たが、才能のある者は大海を凍らせたりする事も出来た。

風の魔法は風を操って何かを動かしたりするので、情報の移動(テレパシー)くらいの事は誰にでも出来たが、才能のある者は物質の移動(テレポート)も出来た。

大地の魔法は土を操って何かを作り出したりするので、泥団子を作るくらいの事は誰にでも出来たが、才能のある者は建造物を作る事も出来た。

─────

また大地の精霊に関しては、前述でも述べた通り、その存在そのものを信じていない地域があって、炎、氷、風、いずれかの魔法が使えない者を『悪魔の子』と称して迫害をしたり、もっと酷くなると処刑の対象としている地域もあった。

それというのも、大地の魔法は地震や地割れを起こすものもあったので、周囲の人々にとっては、それが単なる自然災害なのか大地の魔法に因るものなのかの判別が出来なかったのである。

そして大地の精霊の守護を受けた者が居る所では、結果的に地震や地割れなどの自然災害に見舞われる機会が増えてしまう。

その事で大地の精霊の守護を受けた者は、大地の精霊の存在を信じていない地域において、災害を招く『悪魔の子』になってしまうのである。

また大地の精霊の存在が信じられている地域であっても、前述の様な理由から差別的な扱いを受ける事も少なくなかった。

人々とは勝手なもので、理屈として大地の精霊の存在を信じてはいても、いざ現実に自らが大地の精霊の守護を受けた者と接する事には抵抗を感じたりもする。

社会の中では、その様な事が差別に対する制度の整備を進めていく上での大きな障害にもなっていた。

結局、精霊の星の中で、大地の精霊の守護を受けた者の居場所は、かなり限定されてしまっていたのである。

そんな中で露衣土は大地の精霊の守護を受けた者を受け入れ続けてもいた。

その様な事から、露衣土は大地の精霊の守護を受けた者の受け皿として、大衆からの絶大な支持を得る事にもなったのである。
[PR]
by gushax2 | 2016-05-21 05:51 | 弐章/英雄

弐章/英雄/挿話壱/精霊の星

地球と云う星において、長い時の流れの中、人類は幾重もの歴史を積み重ねてきた。

時に争い、時に助け合いながらも、次々と新たな歴史を積み重ねていく事で繁栄を続けていく事となる。

そんな人類も永遠なる繁栄が約束されている訳ではなかった。

栄枯盛衰。

諸行無常。

行き過ぎた繁栄が衰退を招いて、自らを滅亡へと追いやってしまう。

そして地球もまた、幾多の生命と同様に永遠なる存在とは為り得なかった。

いつしか地球も自らの寿命を全うする事になる。

更には地球のあった宇宙でさえ、例外ではなかった。

永遠とも錯覚しかねない程の長い時を隔てて、地球のあった宇宙もいつかは消滅する事になる。

しかし同時にそこでは新たな宇宙が誕生して、新たな宇宙の創造が始まる事になった。

その宇宙にも、また、幾つもの星が誕生する。

中には地球と同様に様々な生命を生み出し育む星も幾つかあって、そんな星の一つにこの精霊の星があった。

そして精霊の星でも地球と同様に人類が誕生して、その人類が精霊の星の歴史を刻んでいく事になる。

現在、精霊の星には大陸が三つ存在して、その大陸の殆どが北半球にあり、それぞれ、炎の大陸、氷の大陸、風の大陸と呼ばれていた。

氷の大陸は全て北半球にあって、炎の大陸の三分の一程度と風の大陸のほんの一部が南半球にあるだけであった。

北に氷の大陸、東に炎の大陸、西に風の大陸。

南半球はその殆どが海であった。

そして、その精霊の星において統一戦争が勃発。

現在はその統一戦争後の世界であるが、その前後の流れを簡単に纏めておく。

─────

統一戦争が起こる以前、氷の大陸には大小合わせて五十程の国家があって、大陸の大きさは炎の大陸と同じくらいであった。

一方、炎の大陸には余り大きな国家は無く、全部で百程の国家が乱立。

風の大陸は氷の大陸や炎の大陸に比べると、半分程度の広さで三つの大きな国家に支配されていた。

そして長い間、どの大陸においても各国家間の争いが絶えなかったのだが、そんな中で氷の大陸にあった浄の国が露衣土に乗っ取られてしまう。

その露衣土は力ずくで自らを皇帝に就かせ、浄の国を露衣土帝国に変えて、統一戦争を始める事になったのである。

露衣土は国家間の対立が争いの根源と断定して、この精霊の星を一つの国家の下に纏め上げる事、それが真の平和への道であると世界中へ訴えて、統一戦争を続けていった。

そして統一戦争を始めてから約三十年もの年月を経て、露衣土は多くの民衆から支持を得る事になり、この精霊の星は露衣土帝国の下、纏め上げる事となって、統一戦争は終結を迎える。

同時に露衣土帝国の皇帝である露衣土は英雄として崇められる事になっていく。

しかし、その後も逆らう者を排除し続ける露衣土の政策に反発する者も増え続けて、再び各地で争いが勃発してきていた。

今でも露衣土を英雄として崇める者は少なくなかったが、その一方で新たな英雄を求める機運も高まりつつある。

そしてまた、戦乱の日々へと戻りつつもあった。
[PR]
by gushax2 | 2016-05-20 05:57 | 弐章/英雄

間章/在

とある川の底、「それ」は在った。
何時の頃からか、ただただ「それ」は在った。

「それ」は動かない。
「それ」は感じない。
「それ」は思考しない。

時折、何かが「それ」にぶつかってきて、「それ」を少しだけ、削り取って行く。

それでも、「それ」は動かない。
「それ」は感じない。
「それ」は思考しない。
ただただ、そこに存在するのみ。

雨が降ろうが、風が吹こうが、時には川の水が干上がろうとも、ただただ、そこに在った。

春から夏になり、夏が去り秋が来て、秋が暮れて冬になり、冬が明けて春になろうとも、ただただ、そこに在った。

「それ」は動かない。
「それ」は感じない。
「それ」は思考しない。
ただただ、そこに存在するのみ。

存在する事、それだけが真実であるかの様に。
[PR]
by gushax2 | 2016-05-19 06:05 | 間章/在

壱章/人斬り/挿話参拾/宿命の男達

虎士郎は黙ったまま天竜を睨み続けている。

表情に変化はない。

ただただ睨んでいるのである。

「さて、とっとと終わらしちまうか」

独り言の様に天竜が言った。

「抜きな」

続け様に天竜が虎士郎へ声を掛けた。

虎士郎はそう促されて、ゆっくりと刀を抜いて構える。

天竜も虎士郎の動きに合わせる様に、ゆっくりと刀を抜いて構えた。

数瞬の静寂が二人を包み込む。

そして、その静寂が二人を縛り付けようとした、その時、その静寂を振り払うかの様に天竜が言う。

「例の奴で来な」

ー例の奴ー

隠岐流剣術の必殺剣である月影の事である。

虎士郎はすぐさま、それを理解した様だ。

普通なら、そう相手から促されると警戒する事もあってか、中々に自分からは動き辛かったりもするのだが、虎士郎は違った。

天竜の言うままに、すぐさま【月影】を繰り出す。

一気に間合いが詰まって行った。

虎士郎の剣先が天竜の喉元へと伸びて行く。

しかし天竜は避けようともしない。

微動だにせずに虎士郎を睨んでいた。

虎士郎の剣先は、すぐ、そこまで来ている。

それでも天竜はまだ微動だにしない。

ついに虎士郎の剣先が天竜の喉元を貫いた。

その瞬間に天竜が動く。

天竜は物凄い速さで刀を振った。

恐らく普通の人間には捉える事が出来ないであろう速さで。

一瞬にして目の前の虎士郎の胴を真っ二つにしてのけた。

虎士郎の下半身は地面に転がって、血溜まりを拡げている。

上半身は天竜の喉元を貫いた刀を握ったまま、ぶら下がっている状態だった。

胴の切断面から大量の血が垂れて、その下にも血溜まりを拡げている。

すでに虎士郎は絶命していた。

その表情は天竜に向かって来た時と何の変化も無く、その目は天竜を睨んだまま、いや、見詰めたまま、なのかもしれない。

そして天竜は、と言うと、満足げな表情を浮かべながら虎士郎を睨んで、いや、優しく見詰めている様だった。

そして、そのまま右斜め前方へと倒れ込んだ。

天竜もまた、すでに絶命していた。

二人は虎士郎の刀で繋がれたまま、向き合う状態で横に倒れ込んでいる。

天竜はその気になれば、虎士郎に【月影】を出させずに闘いを進めていく事は出来たであろう。

しかし虎士郎を斬る事が出来なければ、いつまで経っても決着は着かないのだ。

そして、そうする事で虎士郎がバテるのを待つ事も出来たのであろうが、それもまた自分が先にバテる可能性も考えると、その様な不確定要素に自らの命を預ける気にはなれなかったのである。

だから自らの命を盾にしてでも虎士郎を斬る事のみに専念したのだ。

そして見事にそれをやってのけたのである。

虎士郎は虎士郎で天竜の刀を避ける事は出来たであろう。

しかし天竜の刀を避けようとすれば、繰り出した【月影】を引かなければならない。

虎士郎もまた、自分が斬られる事を承知の上で天竜を斬りに行ったのである。

まるでお互いが、こうなる事を望んでいたか、の様な結末であった。

もしかしたら二人は二人共、自分を斬る事の出来る者を求めて、人を斬り続けていたのかもしれない。

そして二人は二人共、その求めるものを同時に手に入れたのではなかろうか。

こうして向き合って、見詰め合ったまま倒れ込んでいる姿を見ると、恋人同士が見詰め合っている様にも見て取れるのである。

長年に渡って追い求めてきた、愛しき運命の恋人に出会った様な。

まさに、そんなものを感じさせる様な二人の姿であった。

そして二人を繋ぎ留めていたのも、現在の姿と同じく『剣』であったのである。

─────

此処に、
こうして、
二人の類い稀なる剣士、
いや、
『人斬り』
が、
闇へと還る事になったのである。

           ☆壱章/人斬り☆
                    完
[PR]
by gushax2 | 2016-05-18 05:58 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話弐拾玖/待伏せる男と待ち伏せされる男

辺りは闇に包まれていた。

闇と言っても夜空に星は瞬いている。

月は出ていない。

新月であった。

月明かりがないせいか、星がいつも以上に輝いて見える。

冷え込みも大分、厳しくなりつつあった。

いつもなら蟋蟀等、虫の鳴き声も聞こえてくるはずなのだが、今日は何故か静まり返っている。

そんな中、一人の男が歩いて来た。

その男の目には狂気が宿っている様である。

隠岐虎士郎であった。

先程、目前で実の母を亡くして、その影響もあっての事か、今までは虎士郎が眠りに就かないと現れる事のなかった、もう一つの人格、人斬りの人格の状態で夜の京の町を獲物を探すかの如く彷徨っている様だ。

すぐ、そこには大きな桜の木があった。

幹の太さは大人四人で手を繋いで輪になったくらいの太さであろうか。

そして虎士郎はその桜の木の脇を通り過ぎて、三間程、進んだ所で急に振り返って、桜の木の幹の根元辺りを睨み付けた。

そこには目が二つあって、同様にこちらを睨んでいる。

よく見てみると、そこには人が居る様だ。

しかし一見しただけでは桜の木の化け物の様に見えるであろう。

まるで木の幹に目が付いている様に感じる程、桜の木と一体化している様に感じる。

そして、その人の様なものは異様に大きかった。

人ではないものであっても全然に不思議ではないだろう。

寧ろ人であった方が信じられないのかもしれない。

そして、その人の様なものは桜の根と根の間に腰を下ろし、両脚を投げ出して背を幹に預けたまま虎士郎を射抜く様に見据えている。

虎士郎はその人の様なものの視線に動きを封じられてしまっている様だ。

虎士郎から攻撃を仕掛ければ、圧倒的に有利な体勢であるはずなのに、それが出来ないでいるのである。

「ふふふ、」

突然にその人の様なものが小さく笑った。

更にいつの間にか、その人の様なものは立ち上がっていたのである。

虎士郎には、いつ立ち上がったのか判らなかった。

恐らく虎士郎がその人の様なものの笑い声に気を取られた一瞬の内に立ち上がったのであろう。

虎士郎にとっては油断があった。

体勢が有利であった事で油断してしまい、その隙をつかれたのだ。

これで体勢に有利不利は無くなってしまった。

しかし人の様なものが立ち上がった事で代わりに不気味さは減る。

その人の様なものが少なくとも人ではあろう事が判ったからだ。

「今日は待たせて貰ったぜ」

その人の様なものが言った。

虎士郎は黙ったまま、その人の様なものを睨んでいる。

「待ち伏せが得意なのは、お前さんだけじゃないって事よ」

人の様なものが虎士郎に言い放った。

虎士郎はまだ沈黙している。

「どうだ?待ち伏せされる気分は?」

その人の様なものが虎士郎に訊いた。

虎士郎は答えない。

「なんだかなぁ。面白くねぇ奴だなぁ」

人の様なものは不満そうに言った。

虎士郎は黙ったまま、その人の様なものを睨み続けている。

そして、その人の様なものが自らの正体を明かす。

「まぁ、いいや。教えといてやるよ。今夜、お前さんは、この黒谷天竜に斬られる運命にあるんだぜ」

表情に不敵な笑みを貼り付けたまま、天竜が虎士郎に言い放った。
[PR]
by gushax2 | 2016-05-17 06:04 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話弐拾捌/孤独に呑まれる男

虎士郎は玄関先まで木下先生を見送りに出て、母の部屋に戻って来ていた。

お園はもう泣き止んでいる。

虎士郎は母の寝ている布団の隣で座して、黙り込んでしまう。

お園も虎士郎に話し掛けたりもせず黙って、ただ虎士郎の母を見守っている様だった。

そのまま、どれくらいの時間が過ぎたであろうか。

外はもう、日が暮れ始めていた。

沈黙を破って虎士郎がお園に声を掛ける。

「そろそろ日も暮れるから家にお帰り」

「うん。でも大丈夫?」

お園が虎士郎を気遣った。

自分の想いを率直に伝える、虎士郎。

「ちょっと母と二人きりにして欲しいんだ」

「あ、そうだよね。ごめんね、気が利かなくて」

お園は虎士郎にそう言われて、簡単に謝った。

虎士郎がそんなお園の言葉に対しての気遣いを見せる。

「そんな事ないよ。お園ちゃんには今まで色々と助けて貰ってきたからね」

「ありがとう。それじゃ、今日はそろそろ帰らせて貰うね」

お園は虎士郎の気遣いに感謝を述べて、帰宅する意思を示した。

虎士郎もお園への感謝の言葉を返す。

「こちらこそ、いつもありがとう」

虎士郎はお園を見送りに出た。

「また明日、来るね」

お園は別れ際にそう言って、家へと帰って行った。

虎士郎は再び母の部屋に戻って、母の寝ている布団の隣に座し、母の手を握りながら、じっと母の顔を見詰めている。

虎士郎にとっては母だけが唯一、心を開ける存在であった。

父や虎太郎からは隠岐家の恥晒しと罵られ続けて、虎次郎や虎三郎には、そこまでされる事はなかったが、虎太郎も含めた兄達には強い劣等感を感じずにはいられなかったのである。

そんな虎士郎にとって、母は唯一無二の存在であった。

その母も今まさに天へと召されようとしている。

しかし実は母をここまで追いやった要因の殆どは、虎士郎自身の所為に因るものなのであった。

父の源太郎、そして虎次郎と虎三郎を斬り殺したのは虎士郎なのである。

しかし虎士郎はその事は全く覚えていない。

虎士郎が眠りに就くと出てくる、もう一つの人格がやった事なのである。

本人の自覚が無いとはいえ、なんと哀しい事なのだろうか。

その哀しみには気付くべくもなく、虎士郎は今まさに、孤独という化け物に呑み込まれようとしている。

虎士郎はこれまでも、ずっと孤独は感じていた。

しかし母の存在が寸前で虎士郎を孤独から救っていたのである。

その母も、もうすぐ天へと召される事となるだろう。

虎士郎は寂しかった。

虎士郎は悲しかった。

しかし涙すら出て来ないのである。

勿論、お園に先に泣かれてしまったので自分が泣く機会を逸してしまった事も考えられるが、それでも尚、母の死を目前にしながら、泣く事すら出来ない自分自身がどうしても許す事が出来なかった。

ふと、急に母の寝息が聞こえなくなる。

虎士郎は母の胸に耳を当てた。

何も聞こえない。

突然に虎士郎の中で何かが変わった。

虎士郎は気を失った。

いや、もう一つの人格に意識を奪われた。

とうとう虎士郎は孤独という化け物に呑み込まれてしまったのである。
[PR]
by gushax2 | 2016-05-16 06:33 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話弐拾漆/命尽きようとしている女

虎士郎は隠岐家の実家に戻って来ていた。

いつもなら道場の方から門下生達の掛け声が喧しいくらいに届いていたが、先日、何者かに此処の道場で道場主の虎太郎が斬られていたので、今はもう、門下生達も通わなくなって静まり返っている。

そんな中、虎士郎は母の部屋に来て母の看病をしていた。

母は息子達に次々と先立たれる事になって、心労が重なり病床に伏せてしまったのである。

二日前に行われた虎太郎の葬儀にも出席が出来ない程に衰弱しきっていた。

そして今はもう、母のその顔には死相が色濃く浮き出ている様である。

虎士郎はそんな母親を付きっきりで看病していた。

すると誰かが廊下を急ぐ様な足音が聞こえてくる。

「虎士郎ちゃ~ん」

声と共にいきなり部屋の廊下側の襖が開かれた。

「木下先生が来てくれたわよ」

言いながら、お園が部屋に飛び込んで来た。

木下先生はこの辺りの住人がよく診てもらっている、お医者様の先生である。

大変評判も良く、皆の信頼も厚かった。

お園は木下先生を呼びに行っていたのである。

「様子はどう?」

お園が虎士郎に声を掛けた。

虎士郎は無言のまま首を横に振る。

「そっかぁ、でも、大丈夫だわよ。木下先生がいらっしゃってくれたから」

虎士郎を慰める様にお園が言った。

幾らもしない内に木下先生もこの部屋にやって来る。

「わざわざお越し頂いて、ありがとうございます」

虎士郎が出迎えた。

木下先生は部屋に入って来るなり、虎士郎の母の脇に座って、虎士郎の母の手を取りながら虎士郎に訊く。

「その後、どんな感じですか?」

「あれ以来、ずっと目を覚ましません」

虎士郎は俯きながら答えた。

詳しい状況を確認する、木下先生。

「と云う事は食事も全然、摂れていないのかな!?」

「はい」

虎士郎は短く応えた。

「う~む、」

木下先生は暫くの間、考え込んでしまう。

虎士郎もお園も何も言えないでいた。

その沈黙を破って木下先生が話し始める。

「大変に申し上げ難いのですが、」

「はい」

虎士郎は短く応えた。

沈痛な面持ちで木下先生が虎士郎に話し続ける。

「隠岐様のお母様はもう、手の施しようがない、」

「そうですか」

観念する様に虎士郎は一言だけ応えた。

木下先生は自らにも言い聞かせる様に言う。

「少なくとも私には、もう、どうする事も出来ません」

突然にお園が泣き出した。

再び沈黙がこの部屋を包み込み、お園の泣き声だけが響いている。

「木下先生。わざわざお越し頂いて、本当にありがとうございました」

今度は虎士郎が沈黙を破って、木下先生に礼を述べながら深々と頭を下げた。

木下先生は自らの無力さを詫びる様に言う。

「いや、こちらこそ何も出来ずに済まないね」

「そんな事はありません。木下先生は立派なお医者様です」

虎士郎は木下先生の言葉を否定して、尊敬の念を示した。

そんな虎士郎への感謝と現実の厳しさを伝える、木下先生。

「ありがとう。それはともかく、お母様はもう、いつ死んでも、おかしくありません」

虎士郎は言葉に詰まる。

木下先生が話を続ける。

「虎士郎さんは出来るだけ付き添って居てあげてください」

「はい」

虎士郎が短く応えた。

「それじゃ、私はこれで失礼をさせて貰うよ」

この言葉を最後に木下先生は隠岐家の実家を後にする。
[PR]
by gushax2 | 2016-05-15 05:34 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話弐拾陸/甘い男と不安を拭えなかった男

静寂に包まれた闇の中で二人の男が対峙していた。

一人は一際大柄な男で額から左頬にかけての大きな刀傷が目立っている。

黒谷天竜であった。

もう一人は取立てて言う程の事もない様な男である。

強いて挙げるなら、端正な顔立ちではあった。

隠岐虎太郎である。

この道場の主でもあった。

暗闇の中で二人は静寂に包まれている。

そして先にその静寂を切り裂いたのは虎太郎だった。

「先手必勝!」

叫びながら天竜へと斬り掛かって行った。

天竜は難無く自分の刀で虎太郎の刀を受ける。

虎太郎は次々と刀を振ってきた。

天竜は防戦一方である。

「どうした!?天竜?」

虎太郎が天竜に声を掛けた。

天竜が虎太郎の刀を受けながら応える。

「どうもしねぇよ。楽しいねぇ」

その表情には薄らと笑みが浮かんでいる様にも見えた。

「そうか。では、これでも楽しんでいられるかな」

そう言いながら虎太郎が刀をいっそう激しく振ってくる。

天竜は余裕を持って、虎太郎の刀を受けている様に見えた。

ところがその時、一瞬、天竜が体勢を崩す。

天竜はすぐさま体勢を立て直したが、その隙を虎太郎は見逃さなかった。

「隙あり!」

掛け声と共に虎太郎の刀が天竜の喉元へと伸びて来ていた。

天竜は必死に左後方へと体を逃したが、虎太郎の刀は信じられない速さで天竜を追って来る。

今度は右後方へと体を逃した。

しかし幾らもしない内に壁にぶち当たってしまう。

虎太郎の刀は、すぐ、そこまで迫って来ていた。

「むぅ」

天竜が呻いた。

途端、再び闇は静寂に包まれる。

虎太郎の刀は天竜の喉の皮を一枚程、切り裂いて止まっていた。

二人はその体勢のまま微動だにしない。

数瞬の静寂を破って、虎太郎が天竜に声を掛ける。

「どうやら、私の勝ちの様だな」

「甘いな」

天竜は呟く様に言いながら刀を振って、いきなり目の前の虎太郎の胴体を真っ二つにする。

虎太郎の下半身は意思を失い倒れ込み、上半身は床に投げ出された。

床には血溜まりが拡がっていく。

「卑怯者、」

虎太郎は最後にそう言い残して、口から血の泡を吹きながら絶命した。

天竜は外に出て、徐に自らの腕を切る。

切ると言っても切り落とした訳ではない。

天竜はいつも人を斬った後に、こうして自傷をするのであった。

そして体中にある自傷による傷はすでに百五十を超えている。

いつもなら自傷をする事で人を斬った事に因る興奮の様なものが抑えられていたのだが、今日は何かがおかしかった。

何故だか腹立たしい自分が居るのである。

理由は天竜なりには理解が出来ていた。

隠岐流の必殺剣を見切る事が出来なかったから。

天竜はそう理解するしかなかったのである。

虎太郎との闘いは決して本気ではなかった。

いや、本気ではあったが隠岐流の必殺剣を出させる為に、わざと受けに回ったのである。

しかしそれでも尚、隠岐流の必殺剣は見切る事が出来なかった。

天竜は虎士郎に対して負ける気はしていなかったが、斬れる自信も無かったのである。

「くそっ!」

天竜は一人、闇の中で、内なる闇に向かって吠えた。
[PR]
by gushax2 | 2016-05-14 03:12 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話弐拾伍/闇の中の男達

蟋蟀の鳴き声が闇に溶け込んでいく。

隠岐剣術道場のちょうど真ん中辺りに一人の男が座していた。

隠岐虎太郎である。

明かりは一切、点けていない。

闇の中で己の闇を見詰めているかの様だ。

隠岐流剣術は元々、暗殺剣である。

こうして外の闇と内の闇と闘うのも大切な鍛練の一つなのであった。

しかし、この鍛練は隠岐流直系の者だけが行っている。

外から隠岐流を学びに来る門下生が帰った後、直系の者だけが行っているのだ。

以前は虎太郎の後に虎次郎、虎三郎も順にこの鍛練を行っていた。

しかし今はもう、その二人は居ない。

虎太郎だけが、こうして毎日、闇の中に身を置いているのであった。

「いつから居た?」

突然、虎太郎が闇に問うた。

闇が惚ける。

「さぁな、」

「こんな時間に何用だ?」

虎太郎が再び闇に問うた。

闇は虎太郎の問いには構わずに虎三郎の死を惜しむ。

「虎三郎は惜しい事をしたな」

「ああ、」

表情一つ変えずに虎太郎が短く応えた。

闇が勿体振る様な言い方をする。

「俺は虎次郎と虎三郎を斬った奴を知ってるぜ」

「ほほう、」

虎太郎は闇の言葉に関心を示しはしたが、まだ表情にも姿勢にも変化はなかった。

闇が虎太郎に訊く。

「知りたいか?」

「教えてくれるのか?」

闇に訊き返す、虎太郎。

闇が応える。

「俺に勝ったら、教えてやるぜ」

「なるほど。お前らしいな、天竜」

そう言いながら虎太郎は立ち上がって、背後の闇へと向き直る。

そして虎太郎が向き直った先の壁に天竜は腕を組んだ状態で背を預け、虎太郎に向かって微笑んでいる様にも見て取れた。

「明かりを点けようか?」

虎太郎が天竜に問うた。

天竜はぶっきら棒に言い返す。

「いや、このままで構わねぇよ。俺も闇には慣れてるぜ」

「ほほう」

虎太郎が少し感心をした。

自らの出自を明らかにする、天竜。

「うちは元々忍者の家系だったんでね」

「なるほど。私に気付かれずに道場に入って来れたのも忍術の為せる技って事かな」

天竜の言葉に納得した、虎太郎。

天竜は珍しく謙遜する。

「忍術って言う程のもんでもねぇけどな」

「しかし忍者って割には目立ち過ぎるんじゃねぇのかい!?」

虎太郎が天竜を揶揄う様に言った。

揶揄われて言い返す、天竜。

「うるせぇ!でかくなっちまったもんは仕方がねぇだろ」

「よくも、そんなにも育ったもんだよ」

虎太郎は皮肉を言った。

天竜は話を変えようとする。

「それよりもよぅ、」

「なんだ?」

虎太郎が訊き返した。

今度は天竜が虎太郎に対しての皮肉を言う。

「早く気付いてくれて助かったぜ。お前が朝まで気付かなかったら、どうしようかと思ったよ」

「そうすれば良かったかな」

虎太郎がそう返した途端、二人は合わせる様に声を出して笑い出す。

「はははははは、」

「ふふふふふふ、」

数瞬の間、笑い合った後、虎太郎が天竜を促す。

「さて、そろそろ始めようか」

「いいぜ」

天竜はそう応えながら背を壁から剥がして、数歩、虎太郎の方へと近付いた。

剣の間合いには、まだ数歩程、距離を詰めなければならない。

その距離で二人はどちらからともなく互いに刀を抜いて構えた。

二人は闇に飲み込まれて、闇が静寂に包まれる。
[PR]
by gushax2 | 2016-05-13 06:17 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話弐拾肆/不安に駆られる男

闇が静寂に包まれる中、虎士郎の刀が虎三郎の喉を貫いていた。

隠岐流剣術の必殺剣である【月影】に依り、勝負がついたのである。

─────

【月影】とは。

隠岐流剣術に古くから伝わる必殺剣である。

隠岐流剣術は元々、暗殺剣であった。

しかし源太郎の曾祖父が立身出世の為に京都に出て来て道場を開くと、剣技の一部は門下生の為に使い易くしていく事になる。

それでも幾つかの奥義は今も直系の者達に限って伝えられていた。

【月影】はそんな奥義の一つである。

特徴は【突き】を基本とした剣技であった。

一般的な剣術における【突き】とは直線的に相手を突き刺すものである。

しかし隠岐流剣術の必殺剣である【月影】は相手の動きに合わせて曲線的に相手を追い掛けて、相手を突き刺すものであった。

だから【月影】を使いこなせる者が放った【月影】は先ず、百発百中と言っていい程、確実に相手の急所である喉を外す事はない。

しかし【月影】は繰り出す機会を作る事が大変に難しく、また、人並み外れた観察力も必要としていたので、誰にでも使いこなせる訳ではなかった。

この物語の登場人物でも、隠岐四兄弟の父であった源太郎、そして後継ぎの虎太郎、更に虎太郎以上の可能性を秘めた虎三郎の三人が修得をしていた様である。

虎次郎も使えない事はなかったが、百発百中という程のところまでは使いこなせていなかった。

そして虎士郎は周囲に知られる事無く、密かに【月影】を修得していたのだ。

虎士郎はその【月影】を用いる事で基本的な剣の腕で勝った相手を斬る事も出来た。

─────

この対決も実は虎士郎よりも先に虎三郎が、その【月影】を繰り出していた。

しかし虎士郎はなんと、その【月影】を躱したのである。

そして、その躱されるはずのない【月影】を躱した時点で勝負は決まったのだ。

元々、剣術そのものの腕では虎三郎の方が上であった。

だから先に【月影】を繰り出す機会を作ったのは虎三郎だったのだが、虎士郎は神業とも思える体裁きで虎三郎の放った【月影】を躱し、その隙をついて【月影】を繰り出したのである。

こうして、この哀しむべき双子の勝負は幕を閉じたのであった。

虎士郎は表情一つ変える事なく、虎三郎の喉から刀を引き抜くと、刀を空で一振りして、刀に付いた血を振り払い、ゆっくりと刀を鞘に収める。

虎三郎の体は倒れ込み、地面に血溜まりを拡げていった。

虎士郎は何事もなかったかの様にそのまま闇の中へと消えて行く。

そして暫くの間をおいてから、その場に大きな男が現れた。

額から左頬にかけての大きな刀傷が目立っている。

黒谷天竜であった。

天竜は虎三郎と虎士郎の勝負を観察するべく、虎三郎の後を付けていたのである。

そして闇の中に身を潜めて、二人の勝負を観察していたのだ。

天竜は虎士郎との対決をする前に虎士郎の実力を測っておきたかった。

しかし実際に観察をした事で虎士郎の底知れぬ実力に不安を強めてしまう。

「やはり虎三郎には無理だったか。いや、俺でも奴は斬れるのだろうか」

天竜は闇に向かって一人呟いた。
[PR]
by gushax2 | 2016-05-12 06:15 | 壱章/人斬り