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壱章/人斬り/挿話弐拾参/決意する男と決意を必要としない男

昼間はまだ暑さも残っているが、日が落ちると大分、涼しくなってきた。

夜空には三日月が浮かんでいる。

まるで夜空という大海を行く舟の様であった。

そして今日も虎三郎は、兄、虎次郎の敵でもあり、虎三郎が隊長を任された三番隊の前隊長であった斉藤の敵でもあると思われる、人斬りを探す為に夜回りをしている。

これまでに何度かは不審な人物に遭遇する事もあったのだが、これまでは全て空振りであった。

そして今日もまた、お目当てには有り付けそうもない、そんな風に虎三郎は思い始めている。

その矢先、虎三郎の目線の先に何者かの人影が薄ら見えてきた。

虎三郎が左手で持った提灯の灯りと月明かりが、その人影を怪しく照らしている。

虎三郎はその人影を目で捉えた瞬間から、好きな女子に会いに行く様な胸の鼓動に襲われていた。

更に一瞬、体が金縛りで動けなくなる様な緊張に陥って、その緊張を解す様に何度か呼吸を整える。

そして、その人影の方へゆっくりと歩を進めて行った。

顔を確認が出来る様な距離に入ると、虎三郎の緊張が一気に緩む。

「なんだ、虎士郎じゃないか。こんな時間に何をしているんだ?」

虎三郎から虎士郎に声を掛けた。

しかし虎士郎からの返事はない。

「どうしたんだ?」

虎三郎はそう声を掛けると同時に虎士郎のその異様な雰囲気に気付いて、背筋に虫が這い上がってくる様な感覚に襲われた。

「ま、まさか、」

虎三郎の口から漏れる、悪い憶測。

虎士郎は無言で虎三郎を見据えている。

途端に再び虎三郎の中に緊張の糸が張り詰めた。

そして虎三郎が虎士郎に尋ねる。

「お、お前が、虎次郎兄さんや斉藤さんを斬ったのか!?」

虎士郎は何も言わずに、まだ、虎三郎を見据えている。

虎三郎は虎士郎の沈黙と異様な雰囲気を自らの問いに対する肯定と受け取った。

そして戸惑う、虎三郎。

まさか兄と同志の敵が双子の弟の虎士郎だったなんて。

しかし例え身内であったとしても見逃す訳にもいかないし、自分も虎士郎を殺すつもりで掛からなければ、自分が斬られる事にもなるであろう。

虎士郎の沈黙が虎三郎にとっては殺気にも感じられたのである。

「そうか、虎士郎よ」

虎三郎はそう言って意を決した様に、ゆっくりと刀を抜いて構える。

虎士郎も虎三郎の動きに合わせ、ゆっくりと刀を抜いて構えた。

静寂が闇を包む。

虎三郎が虎士郎に目で問う。

〈お前が虎次郎兄さんを斬ったのか?〉

〈お前が斉藤さんを斬ったのか?〉

虎士郎が沈黙で応える。

〈お前は双子の兄をも斬ろうというのか?〉

〈お前に僕が斬れるのか?〉

再び虎士郎が沈黙で応える。

今度は虎三郎が自らに問う。

〔お前に双子の弟が斬れるのか?〕

〔斬る!〕

〔斬らなければならない!〕

静寂を破って、虎三郎がゆっくりと間合いを詰める。

虎士郎は虎三郎を見据えたまま微動だにしない。

後一歩、いや後半歩で剣の間合いに入る。

そこで虎三郎は歩を止めた。

再び静寂が闇を包む。

しかし今度の静寂は今にも破裂しそうなものである。

そんな闇の中で、虎三郎と虎士郎と云う双子の兄弟が対峙していた。
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by gushax2 | 2016-05-11 05:53 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話弐拾弐/誉める女

夏の暑さが残る日差しの中、虎士郎はお園と二人で京の町中を歩いていた。

あちらこちらから蝉の鳴き声が届いてくる。

町人達も蝉に負けないくらいの活気に満ちていた。

そんな中で、お園が虎士郎に虎三郎の話題を振る。

「虎三郎ちゃんが三番隊の隊長さんに、なったんだってねぇ」

数日前に虎三郎が新撰組の三番隊の隊長に任じられていた。

「隊長だった斉藤さんが何者かに斬られちゃったから」

虎士郎は何とも言えない様な表情で応えた。

詳しい事情を知らなかった、お園は言葉を失う。

─────

実は虎士郎が斉藤を斬ったのだが、別人格の虎士郎がやった事なので、主人格の虎士郎にその自覚は無い。

また斉藤は虎三郎を通じて隠岐家と親交があったので、虎士郎とも顔見知りではあったが、別人格の虎士郎には、その事も一切の関係が無い様であった。

ひょっとしたら実の父の源太郎を斬った時や兄の虎次郎を斬ったも、相手が肉親であるとの認識はしてなかったのかもしれない。

別人格の虎士郎はただ目の前の相手を斬る。

それ以外の余計な感情の様なものが抜け落ちてしまっているのかもしれなかった。

その様な事も含めて別人格のした事を主人格の虎士郎は何も覚えていない。

─────

そのまま黙って歩き続ける、お園と虎士郎。

暫くしてから、虎士郎が寂しそうに言う。

「それにしても、虎三郎はすごいや。僕とは大違いだ」

「そんな事を言わないで、」

お園が虎士郎の言葉を嫌がった。

言われて言葉に詰まる、虎士郎。

暫くしてから、今度はお園の方から虎士郎の長所を挙げる。

「虎士郎ちゃんの優しいところが、虎士郎ちゃんの良いところじゃない」

「慰めは要らないよ。優しくたって何も出来やしないんだ」

虎士郎はそう言うと、俯いて立ち止まってしまった。

お園は数歩進んでから、虎士郎が立ち止まった事に気付き、虎士郎の方に振り返って少し怒った様に言う。

「虎士郎ちゃんの馬鹿!私は慰めてなんか、いないわよ!」

虎士郎は何も言えず、俯いたまま微動だにしなかった。

周囲の通行人が足を止めて、遠巻きに二人に対する好奇の目を向ける。

しかし幾らもしない内に周囲は普段通りに動き出す。

そして俯いている虎士郎の様子を見て、お園が率直な疑問を虎士郎にぶつける。

「人を斬る事がそんなに偉い事なの?」

虎士郎はまだ何も言えないでいた。

次々と疑問をぶつける、お園。

「だったら、虎次郎様を斬った人は、斉藤さんを斬った人は、そんなに偉い事をしたって言うの?」

「そういう訳じゃないけど、でも、」

虎士郎はそこまで言って言葉に詰まった。

そんな虎士郎の様子を見て話を続ける、お園。

「でも、何!?人なんて斬れなくたって、いいじゃない」

虎士郎はまた何も言えない。

すれ違う通行人が少しだけ二人に関心を寄せるが、すぐに通り過ぎて行く。

少しの間をおいて、お園は虎士郎に自分が思っている事を素直に伝える。

「子供達と遊んでいる虎士郎ちゃんが、私は素敵だと思うよ」

「ありがとう」

虎士郎は俯いたまま一言だけ応えた。
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by gushax2 | 2016-05-10 06:07 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話弐拾壱/見る目のある男

「お前等も、いずれは俺に斬られるんだからな」

新撰組の前身である浪士組結成時に、天竜が同志達に向かって言った言葉である。

屈強な者達が集まった浪士組の中でも、天竜は桁外れに強かった。

他の者達は天竜を恐れもしたが、仲間である事で安堵感もあった様である。

もし敵になる事があったとしても、大勢で立ち向かえば何とかなると思ってもいた。

だから天竜は浪士組、そして新撰組の中で重宝される。

悪く言えば、いいように使われていた。

しかし天竜はその様な事も承知の上で、浪士組、そして新撰組に身を置いていたのだ。

そんな天竜が何故、浪士組に参加したのか。

─────

浪士組に参加する前に一人の男との出会いがあった。

江戸に向かう道中の事である。

天竜に対して、日本の将来を憂いて熱く語ってきていた。

「私と一緒に来ないか!?」

天竜は男に誘われた。

男の誘いに対して天竜が立ち合いを求める。

「俺とやり合ってくれるのかい!?」

「為すべき事をやり遂げた後なら、幾らでも相手してやるよ」

男は他に優先すべきものがあるという理由で、立ち合いは受ける事を前提に先延ばしにしようとした。

天竜が男の言う優先すべきものを尋ねる。

「その為すべき事とは?」

「倒幕」

男はあっさりと極秘にしなければならない様な言葉を言った。

天竜はその様な危険な言葉を聞いて、楽しそうに若気ながら応える。

「やはり」

「どうだ?」

男は天竜の考えに変化が無いかを伺った。

天竜が男の危険な誘いに興味を示す。

「面白いな」

「なら、一緒に来い」

再び男は天竜を誘った。

しかし天竜は男の危険な誘いより、男の存在そのものに、より強い興味を示す。

「でも、お前とは敵になった方が、より面白そうだ」

「なんだと!?」

男は天竜の言う事がすぐには理解が出来ずに疑問を漏らした。

自分の言葉の真意を話す、天竜。

「確かに、お前の話を聞くと幕府側の方が分が悪そうだ」

「だったら何故?」

まだ男は納得が出来ずにいる。

男から漏れる疑問に少しずつ応えていく、天竜。

「何故も何も、だから、だよ」

「だから?」

男は詳しく天竜に訊く。

率直に応えていく、天竜。

「勝てそうな方に付いて勝っても面白くない。分の悪い方に付いて、俺の力で勝たせる事に男冥利がある」

「幾らお前が強くても、お前一人でそんな事が出来ると本気で思っているのか!?」

男は天竜の真意に対する否定的な疑問をぶつけた。

天竜は天竜で全てを承知の上である事を告げる。

「さぁな。本気かどうかはともかく、そっちの方が面白そうだって事だよ」

「そうか。残念だ」

男はやっと納得した様だった。

今度は天竜が男に訊く。

「それで、どうする気だ?」

「何がだ?」

男が天竜に訊き返した。

天竜は男に秘密を知った自分の処遇を確認する。

「俺をこのまま放っておくのか!?」

「ああ、放っておくしかないだろ。今、お前とやり合っても私に勝ち目は無い」

男も率直に応えた。

天竜は楽しそうに話す。

「よく判っているじゃねぇか」

「それにお前の言った事が本当であれば、お前は私の事を誰かに言ったりはしないはずだ」

男は秘密漏洩の心配が不必要な理由を述べた。

男の言う理由に対する疑問を訊く、天竜。

「何故、そんな事が言い切れる?」

「お前は分の悪い戦がしたいんだろう!?」

男は天竜の先程の言葉を逆手に取った。

言われて納得する、天竜。

「確かにそうだな」

「そしてもっと強くなった私と戦いたい」

男は自身の見解を付け加えた。

天竜は男の見解をそのまま受け入れた。

「その通りだな」

そして二人はどちらからともなく笑い合う。

「ふふふ」

「ははは」

数瞬の間、笑い合った後、男が天竜に話し掛ける。

「そういう事なら、私はいつまでもお前の相手をしている暇は無い」

「そうだろうな」

短く応えた、天竜。

「さらばだ」

そう言うと男は立ち去って行った。

「あばよ」

天竜が応えた。

天竜の話相手をしていた男。

その男の名は桂小五郎。

長州藩士であり、その中でも重要な役割を担っていた男である。
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by gushax2 | 2016-05-09 05:58 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話弐拾/相変わらずな男

「土産だぜ」

天竜は部屋に入って来るなり、そう言いながら近藤に向かって、酒徳利を一つ放り投げた。

そして続け様に言う。

「そろそろ無くなる頃だろうと思ってよ」

天竜はまだ他にも酒徳利を三つ程持っていて、その一つを徳利のまま口に運んだ。

近藤が天竜に嫌味っぽく言う。

「珍しく気が利くじゃねぇかよ」

「珍しいってのは余計なんじゃねぇのかい」

そう言いながら天竜は左前方に近藤を、右前方に土方を向かえる形で胡座をかいて座った。

近藤が早速、天竜に解決を求める。

「いきなりなんだがよぅ。なんとかなんねぇか!?」

「例の件か、」

天竜はすでに承知している様であった。

短く肯定する、近藤。

「ああ、」

「その件は虎三郎に任せてあるぜ」

天竜は対応済みである事を伝えた。

話に割って入ってくる、土方。

「虎三郎で大丈夫なのか!?」

「恐らくは、無理だろうな」

天竜は自身の否定的な見解を述べた。

土方は天竜に率直な疑問をぶつける。

「なに!?じゃあ、虎三郎を見殺しにする気なのか?」

「そうなるかも、しれねぇな」

天竜は土方の疑問をそのまま受け止めた。

近藤は二人のやり取りをじっと見ている。

土方は何も言えなくなってしまう。

痺れを切らすように天竜が話し始める。

「いや、よぅ、奴を俺が斬る訳には、いかねぇんじゃないかと思ってんだけどよ」

「虎次郎の敵だからか!?」

土方が天竜に確認する様に訊いた。

天竜は自分が思っている事を率直に述べる。

「それもあるけどよぅ、自分とこの隊長さんまで、やられてんだろ」

「斉藤か、」

土方が呟いた。

続けて自身の憶測を述べる、天竜。

「更には源太郎の奴も恐らく、」

「それは本当なのか!?」

再び土方が天竜に確認を求めた。

天竜は自身の憶測に自信あり気である。

「源太郎を斬れる奴なんか、そうそうは居ねぇだろうからな」

「それもそうだな」

土方は天竜の憶測に納得した様だ。

念を押す様に言う、天竜。

「可能性は高いと思うぜ」

「で、よう、さっき【恐らく】と言ったけどよぅ、少しでも勝算があっての事なのか!?」

今度は近藤が天竜に訊いてきた。

天竜は近藤の問いに淡々と答えていく。

「勝算と言えるかどうかは分からねぇが、隠岐流には必殺剣があると聞く」

「私も聞いた事があるな」

土方が天竜に同調した。

話を続ける、天竜。

「だから、ひょっとしたら、とは思うんだけどな」

「なるほどな」

そう言いながら近藤が杯を口に運んだ。

そして天竜は自分が思っている事を率直に述べる。

「とにかくよぅ、先ず虎三郎にやらせねぇと、俺が動く訳には、いかねぇと思ってよ」

「よし、解った。その件は取り敢えず、虎三郎に任せるしかねぇな」

近藤は十分に納得が出来た様だった。

土方も納得が出来た様である。

「その様ですね」

「で、一の後釜は決まったのかい?」

天竜がどちらともなく訊いた。

近藤が天竜に訊き返す。

「ああ、それも虎三郎でいいかと思っているんだが、どうだ!?」

「いいんじゃねぇの、虎三郎で」

天竜はすぐさま応じた。

土方が口を挟む。

「しかし、」

「なんだ!?歳、」

近藤が土方に声を掛けた。

自身の見解を述べる、土方。

「いや、天竜の話を聞く限りじゃ、虎三郎もこれから、どうなるか分からないじゃないですか」

「ああ、そりゃあ、そうなった時にまた考りゃいい」

近藤がきっぱりと言い切った。

不敵な笑みを浮かべながら、天竜が言い放つ。

「そうだぜ。それにお前等も、いずれは俺に斬られるんだからな」
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by gushax2 | 2016-05-08 06:50 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話拾玖/待つ男達

数刻前に日も暮れて、辺りは闇に包まれている。

日暮れ前から雨が降り出して、今はかなり強く降っていた。

新撰組の屯所である前川邸に点々と幾つかの灯りが点っている。

すでに大半の者達は床に就いていると思われるが、まだ起きている者が幾らか居る様であった。

中には仕事をしている者も居るのかもしれない。

その中の一つの部屋で、行灯の灯りが二人の男達を薄らと照らしている。

二人の男達は思い思いに酒を酌み交わしている様だ。

新撰組の組長である近藤勇と副長の土方歳三である。

土方が近藤に呼ばれて、新撰組の屯所の中にある、この近藤の部屋へ来ていた。

「しかし斉藤まで、やられちまうとは、な」

近藤が独り言の様に呟いた。

数日前に三番隊の隊長であった斉藤と隊士が二人、何者かに斬られていたのだ。

雨音に邪魔されながらも、二人はその件での対応を話し合っていた。

土方が率直な疑問を口にする。

「何者なんでしょうね?」

「誰かは分からねぇが、虎次郎を斬った奴と同一人物ではある様だぜ」

近藤は投げやりな感じで応えた。

同一人物だと考えられる根拠を言う、土方。

「斉藤も虎次郎と同じ様に首を一突き、ですか」

「そういう事だ」

近藤はそれだけを応えた。

土方が近藤に対応を伺う。

「どう致しましょうか?」

「どうもこうも、斉藤が敵わないとなると迂闊には動けないぜ」

近藤は難しそうな表情で土方の言葉に応えた。

現状において考えられる問題点を土方が付け加える。

「そうですね。斉藤よりも腕の立つ者は私達を含めても、数人しか居ませんからねぇ」

「しかも夜中にしか、やりやがらねぇからな」

近藤は更なる問題点も付け加えた。

自分達が抱えている問題に対して、土方が別の見方を示す。

「相手が多勢であれば、また、話も変わってくるのでしょうが」

「そうなんだよな。相手が一人の時、暗闇でやり合うと、同士討ちの危険が増えるだけだぜ」

近藤は土方の見方を受けた上での問題点を挙げた。

他にも同様の危険性がある事を土方が指摘する。

「勿論、相手が多勢であっても、暗闇の中では同士討ちの危険は高いのでしょうが」

「一人に対して、それだけの危険を冒さなければならないものなのか」

近藤が危険性に対する疑問を口にした。

土方が短く応える。

「そうですね」

「俺達には、まだまだ、やらなければならない事がある」

近藤が厳しい表情で言い切った。

相槌を打つ、土方。

「はい、」

「だからと言って、このままにしておく訳にもいかねぇだろうよ」

厳しい表情のまま話を続ける、近藤。

土方が面白く無さそうな表情で言う。

「我々の面子にも関わりますからね」

「面子もそうだが、我々の評価に直接、響いてくるからな」

土方と同様に、近藤も面白く無さそうな表情で言った。

短く応える、土方。

「そうですね」

「来たか、」

何者かの気配を感じ取った、近藤が呟いた。

すると廊下側の襖が開かれて、一人の大柄な男が部屋に入って来る。

男は襖が開かれるまで一切の物音を殺して、この部屋まで、やって来た。

額から左頬にかけての大きな刀傷が目立っている。

黒谷天竜であった。
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by gushax2 | 2016-05-07 05:19 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話拾捌/過信する男

夜空には満月が浮かんでいる。

その月明かりが辺りを照らす中、虎士郎は三人の男達と対峙していた。

三人の内、左右に居る男が提灯を持っている。

真ん中の男は何も持ってはいない様だった。

その提灯の灯りと月明かりに照らされて、虎士郎の顔が浮かび上がる。

「虎士郎じゃないのか!?」

三人の内、真ん中に居た男が虎士郎に声を掛けた。

どうやら、この男は虎士郎と顔見知りの様である。

しかし虎士郎は何も応えずに刀を構えて真ん中の男を睨んでいた。

三人の内、右側に居る男が言う。

「斉藤さん、ひょっとして、」

「ああ」

真ん中に居る男が短く応えた。

真ん中の男が斉藤という男の様である。

三人の内、左側に居る男が言う。

「と云う事は虎次郎を斬ったのも、」

「そうだろうな」

斉藤が応えた。

途端に斉藤以外の二人の男達は刀を抜き、虎士郎に向かって構える。

「ふふふ、」

斉藤が視線を下に落として、少し笑った。

右側の男が虎士郎に視線を止めたまま斉藤に訊く。

「どうかしたのですか?」

「いや、まさか、虎次郎を斬った奴が身内だったとは、」

斉藤は苦笑いをしながら言った。

左側の男が言う。

「盲点でしたね」

虎士郎は微動だにせずに斉藤を睨んでいる。

斉藤が誰ともなしに言う。

「とりあえず、このまま見過ごす訳にも、いかねぇだろうよ」

「はい」

左側の男が応えた。

「そうですね」

右側の男も応えた。

虎士郎は相変わらずに斉藤を睨んだまま微動だにしない。

今度は斉藤が左右の二人に対して言う。

「二人で掛かれば、なんとかなんべぇ。中島と葛山に任せるぜ」

「はい」

中島と葛山は声を揃えて応えると、提灯の灯を消して地面に置いた。

そして二人は左右に拡がりながら虎士郎との間合いを詰めて行く。

虎士郎は二人には目もくれずに斉藤を睨み付けていた。

中島と葛山は目で合図をして、同時に虎士郎へと斬り掛かって行く。

虎士郎は難無く二人の刀を躱して、自らの刀を一閃した。

中島と葛山は縺れる様に虎士郎の背後で倒れ込んでいく。

二人共に腹を深く斬られていた。

二人共にまだ息はあるが、死ぬのは、もう時間の問題である。

「ほほう、」

それを見ていた斉藤がちょっとの驚きの表情を見せていた。

虎士郎は斉藤の目の前で刀を構えて、斉藤を睨み付けている。

「どうやら隠岐家の恥晒しとは見当違いだった様だな」

そう言いながら斉藤はゆっくりと刀を抜いて構える。

中島と葛山は、もう息絶えていた。

数瞬の静寂が二人を包み込む。

その静寂を破って、虎士郎が先に動いた。

途端に斉藤も虎士郎に向かって動く。

一気に間合いが詰まる。

斉藤は虎士郎の刀を受け流し、虎士郎に向かって刀を振った。

しかし虎士郎も斉藤の刀を紙一重で躱して、体を入れ替えた形で再び向き合う。

「なるほどな。これじゃあ、中島と葛山には荷が重かった様だな」

斉藤が感心する様に言った。

虎士郎は相変わらずに無言で斉藤を睨んでいる。

「今度はこちらから行かせて貰うぜ」

そう言いながら斉藤が虎士郎に斬り掛かる。

虎士郎は避ける事をせずに自らの刀で受けた。

数度程、刀の鎬合いをした後、急に虎士郎が斉藤の刀を素早く避ける。

斉藤が少し体勢を崩す。

斉藤はすぐさま体勢を立て直したが、その時には虎士郎の刀が斉藤の喉元へと伸びて来ていた。

斉藤は右後方へと飛び退いたが、虎士郎の刀の方が速く斉藤を追い掛ける。

斉藤は目を見開いたまま、喉元を虎士郎の刀に貫かれていた。
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by gushax2 | 2016-05-06 06:14 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話拾漆/掴み所のない男

虎三郎と天竜が、岡田以蔵と名乗る男と対峙していた時と時を同じくして、京の町の別の場所では、虎士郎もまた一人の男と対峙していた。

その男はかなり大柄な体格をしていて、髪も髷を結わずに蓬髪である。

更に出で立ちも粗末なものに見えた。

これだけだと、まるで黒谷天竜の様でもあるが、天竜程に体は大きくはない。

当然ながら男には顔の刀傷も無かった。

そして二人はまだ、剣は抜かずに無防備な状態で向き合っている。

空には綺麗な満月が姿を見せていた。

時折、雲がその月を掠めていく。

更に二人共に灯りを持っていなかったので、月明かりだけが二人を照らしていた。

そんな中で男から虎士郎に話し掛ける。

「俺に何か用があるのかい?」

虎士郎は無言のまま、男に対して刺す様な視線を送っていた。

何とも言えない様な空気が二人を包み込む。

痺れを切らしたのか、続けて男が虎士郎に声を掛ける。

「おいおい、何か言ってくれなきゃ、何がなんだか分からんだろうよ」

虎士郎はただただ男を睨み続けている。

男は呆れる様に呟く。

「一体、どうしたもんかねぇ、」

そして男は頭をポリポリと掻いた。

虎士郎はまだ男を睨んでいるだけである。

続けて男は、ぼやく様に言う。

「俺はお前さんの相手をしていられる程、暇じゃねぇんだけどなぁ」

その言葉を聞いて、虎士郎はやっと動きを見せた。

ゆっくりと刀を抜いて構える。

その様子を見て男が虎士郎に問う。

「いきなり俺を斬ろうって言うのかい!?」

虎士郎は男の言葉には構わずに、じわりと間合いを詰める。

男は詰められた分と同じ距離だけ、間合いを拡げながら言う。

「俺もそう簡単に斬られる訳には、いかねぇんだよな」

虎士郎は足を止めて、再び刺す様に男を睨んだ。

「ひぇ~、おっかない、おっかない」

男はおどける様に言った。

虎士郎はじっと男を睨んでいる。

男は再び、ぼやく様に言う。

「勘弁してくれよなぁ。俺は余り、戦いたくはねぇんだよ」

すると今度は虎士郎が一気に間合いを詰めて、男に鋭く斬り掛かって行く。

男は今度は間合いを取らず、逆に虎士郎へと向かって行きながら、虎士郎の刀を紙一重で躱して体を入れ替える。

先程とは位置を違える形で、二人は再び向き合った。

数瞬の間、睨み合う、男と虎士郎。

静寂が闇の中に溶け込んでいく。

「何をしている?」

その静寂を切り裂いて、虎士郎の背後から何者かの声が届いてきた。

三人の男達の姿が提灯の灯りの中、ぼんやりと浮かび上がる。

左右の男達が提灯を持っていて、真ん中の男は何も持ってはいない様だった。

「あばよ」

虎士郎が背後から来た三人に注意を向けた途端、虎士郎と対峙していた男はそう言って、闇の中へと去って行った。

実はこの男、坂本竜馬なる人物だったのである。

坂本竜馬。

岡田以蔵と同じく土佐出身の浪人ではあったが、一概には倒幕派と言い切れない、ややこしい男だった。

それでも新撰組からは敵視されていたりと、掴み所のない男である。

虎士郎はそんな事は知る由もなく、今度は後から来た三人と対峙していた。
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by gushax2 | 2016-05-05 05:50 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話拾陸/遊びたがる男

その男は一際大きかった。

額から左頬にかけての大きな刀傷が目立っている。

黒谷天竜であった。

天竜は姿を現すなり、岡田以蔵と名乗る男に向かって、悪戯っぽく言い放つ。

「俺も弱虫なんだよな。だから俺の相手もしてくれよ」

以蔵を名乗った男は少し驚いた様だが、慌てずに、ゆっくりと体を半身にして、天竜に対しても注意を向けた。

天竜の言葉を聞いた虎三郎が天竜に言う。

「此処は僕に任せて下さい。そいつは兄の敵なのかもしれません」

「いや、そいつは違うぜ」

虎次郎の敵の正体を知る天竜は虎三郎の言葉を否定した。

虎三郎が天竜に訊き返す。

「そうなんですか!?」

「ついでに言うなら、岡田以蔵ってのも嘘だろうぜ」

続いて天竜は目の前にいる男の正体についても否定的な考えを示した。

以蔵を名乗った男は黙ったまま、二人のやり取りを用心しながら見ている。

「何故、嘘だと判るのでしょうか!?」

虎三郎は素朴な疑問を天竜にぶつけた。

尤もらしい理由を天竜が述べる。

「岡田以蔵と云えば人斬りとまで呼ばれる男だが、その男には、そこまでの器を感じない」

「天竜さんが、そうおっしゃるのであれば、そうなのかもしれませんね」

虎三郎は天竜の言葉に納得した様だ。

今度は天竜が身勝手な事を言い出す。

「まあ、本物かどうかは、どうでもいいんだよ。ちょっと体が鈍ってしまっててよ」

「なるほど」

そう言いながら虎三郎は苦笑した。

そして天竜が虎三郎に恩着せがましい事を言う。

「だからよぅ、敵をくれてやる代わりに、こいつは俺が頂くぜ」

「分かりました」

虎三郎は天竜の言葉を素直に聞き入れて、以蔵と名乗る男から少し距離を取った。

天竜が以蔵と名乗る男に向かって楽しそうに言う。

「という訳だ。続きは俺と遊んでくれよ」

そして天竜は右手で無造作に刀を抜く。

以蔵と名乗った男は虎三郎にも注意を払いながら、天竜と向き合う形へ向きを変えた。

今度は両手で刀を握って構える。

表情には、もう笑みは無かった。

天竜が以蔵と名乗る男を挑発する。

「どうした!?掛かって来ねぇのかい?」

以蔵と名乗った男は無言で天竜を睨んでいる。

虎三郎と相対していた時の余裕は微塵も感じられなくなっていた。

天竜は再び以蔵と名乗る男を挑発する。

「まさか、お前の方が小便を漏らしているんじゃねぇだろうな!?」

以蔵と名乗った男は微動だにせずに、ずっと天竜を睨んだままだった。

もう、これ以上は無いという様な程の緊張感に包まれている様である。

「なんだよ。その程度なのかよ。もう少しは楽しませてくれると思ったんだけどなぁ」

天竜は以蔵と名乗る男に睨まれたまま残念がった。

以蔵と名乗った男とは対照的に、緊張感は全くと言っていい程に感じられない。

一方、以蔵と名乗った男はまるで人形の様に微動だにせずに、ただ、天竜を睨み続けている。

「仕方がねぇな。そっちが来れねぇなら、こっちから行かせて貰うぜ!」

そう言いながら天竜は以蔵と名乗る男へ一直線に斬り掛かって行った。

以蔵と名乗った男は両手で握った刀で天竜の刀を受ける。

勝負は一瞬で片が付いた。

以蔵と名乗った男の刀は折られて、そのまま首を撥ねられたのだ。

頭部が地面に転がり、体は地面に倒れ込む。

首の切断面から血が流れ出て、血溜まりを拡げていく。

地面に折れた刀の切っ先が刺さっていた。
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by gushax2 | 2016-05-04 04:49 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話拾伍/不敵な男

虎三郎が左手に持った提灯の灯りが夜道を照らす。

そして、その提灯の灯りの先に一人、不審な者の姿が浮かび上がる。

虎三郎はやっと兄や同志の敵に巡り会えたのではないかという期待と、そうであった場合を考えての緊張に、体が身震いする様に感じていた。

すでに、その者は虎三郎の存在に気付いている様である。

こちらを見ながら、薄気味悪い笑みを浮かべている様に虎三郎には見えた。

近づくにつれて、その者の正体が少しずつ明らかになっていく。

どうやら、その者は男ではあるらしい。

虎三郎は十分に注意払いながら、その男に向かって歩を進め、剣の間合いの数歩手前で歩を止めた。

そして虎三郎が男に問う。

「何をしている?」

「お前にそんな事を言う必要はねぇだろ」

不敵な笑みを浮かべたまま男は答えた。

虎三郎が男に向かって、いつでも刀が抜ける様、十分に用心をしながら丁寧に述べる。

「私は新撰組の隠岐虎三郎である。そちらの身元も明かして頂きたい。場合によっては屯所まで同道を願いたい」

「新撰組かよ。新撰組ってぇのは弱虫集団じゃなかったのか!?」

男が虎三郎を挑発する様に言った。

虎三郎は男の白地な挑発に対して、不快感を表情に出す。

「なに!?」

「どうやら、図星だった様だな」

男は虎三郎の反応を楽しむ様に言った。

今度は不快感を言葉にする、虎三郎。

「新撰組と私を侮辱する気か!?」

「こんな時間に一人で出歩いて、小便を漏らしてるんじゃねぇのか。ふはははは、」

男が虎三郎を侮辱する言葉を吐き、声に出して虎三郎を嘲る様に笑った。

虎三郎は提灯を放り出して刀を抜き、男に向かって構え、声を張り上げる。

「もう勘弁出来ん!刀を抜け!」

道端で提灯が燃えていく。

その炎と夜空に浮かぶ満月の月明かりが二人を照らしていた。

「この俺とやろうって言うのか!?新撰組は頭も悪ぃのかねぇ」

それでも男は動じずに、そう言いながら刀を抜いて、無防備に片手で刀を握り、虎三郎と向き合う形になった。

男には、まだ、不敵な笑みが張り付いたままである。

二人は数瞬の間、睨み合う。

道端で燃えていた提灯の炎が消えていく。

その炎が消えた瞬間を切っ掛けに、虎三郎が先に動いた。

虎三郎が男に向かって鋭く斬り掛かって行く。

男は難無く片手で握った刀で虎三郎の刀を受け流して、体を入れ替えると同時に、そのまま虎三郎に刀を振った。

虎三郎は男の刀を躱したつもりでいたが、脇腹辺りを羽織と共に皮一枚程、斬られていた。

二人は再び向き合って、男が虎三郎に声を掛ける。

「ほほう、中々やるじゃねぇか」

虎三郎は男を睨みつけたまま無言で応えた。

再び男の方から虎三郎へ話し掛ける。

「冥土の土産に教えてやるよ」

虎三郎は無言のまま次の言葉を待つ。

「俺の名は岡田以蔵。あははは、」

そう言いながら男は声を上げて笑った。

岡田以蔵。

通称、人斬り以蔵である。

土佐出身の浪人で、倒幕派の志士達の間では名の通った男であった。

当然に新撰組からしたら、真っ先に捕らえなければならない相手でもある。

すると突然、男の背後に一人の男が現れた。
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by gushax2 | 2016-05-03 06:41 | 壱章/人斬り

壱章/人斬り/挿話拾肆/彷徨える男

夏本番になって日は長くなったが、数刻前に日は落ちて辺りは闇に包まれている。

夜空には綺麗な満月が姿を現していた。

日中は少し雨が降ったりもしていたが、日が暮れる前には雨も上がって、今はもう晴れている様だ。

時折、雲が月を掠めていく。

そんな中、隠岐虎三郎は何かを求める様に、京の町中を彷徨っていた。

─────

先日の天竜が常宿している旅籠の一室での事である。

「一体、誰なんですか?」

虎三郎が天竜に訊いた。

天竜が話し出す。

「誰かどうかは、ともかくよ、」

「はい、」

虎三郎は相槌を打った。

ぶっきら棒に言う、天竜。

「そいつは夜な夜な人斬りに、京の町を彷徨っている様だぜ」

「そうなんですか?」

虎三郎は天竜に訊き返した。

自らの考えを天竜がきっぱり言い切る。

「恐らく此処しばらくの京の町における、人斬りの大半は奴が絡んでいると俺は考えている」

「はい」

虎三郎は短く応えた。

話を続ける、天竜。

「勿論、倒幕派の連中の仕業も何件かは考えられるが、」

「はい、」

虎三郎は再び相槌を打った。

天竜が虎三郎に同意を求める。

「斬られた奴等の大半は倒幕派の連中だろ!?」

「そうですね」

虎三郎は天竜に合わせた。

話を続ける、天竜。

「ちょっと考えたんだがよ、」

「はい、」

虎三郎は何度となく相槌を打っている。

強い口調で言い切る、天竜。

「奴は誰彼、構わずに出くわした相手を斬る」

「なるほど」

虎三郎は天竜の話に納得した。

天竜がいきなり衝撃的な私見を述べる。

「そして恐らく、源太郎の件も奴の仕業なんじゃねぇのかな」

「えっ!?」

当然に虎三郎は吃驚した。

話を続ける、天竜。

「これは憶測にしか過ぎねぇけどよ、」

「はい、」

虎三郎は天竜の話の邪魔をしない様に、相槌を打ち続けている。

更に話を続ける、天竜。

「源太郎を斬れる奴なんか、そうは居ねぇだろうからな」

「はい、」

虎三郎が、再び相槌を打った。

自らの考えを次々と述べてく、天竜。

「とにかくよ、虎次郎と同じ様に、よ、」

「はい、」

相槌を打ち続ける、虎三郎。

天竜は自らの結論を述べる。

「夜、出歩いていりゃあ、その内に出くわすだろうよ」

─────

この様な天竜の話を聞いて、虎三郎は虎次郎の敵を討つべく毎夜の様に、こうして京の町中を一人で彷徨っているのである。

更に、そいつは虎三郎達の父親であった、源太郎の敵でもあるのかもしれない。

そう考えると、自分がなんとしてでも敵を取らなければならない、と強い気持ちを抱かずにはいられなかった。

虎次郎を斬った奴は、決して他の誰にも斬らせる訳にはいかない。

だから一人なのである。

本来、新撰組では単独行動が禁じられていた。

その禁を破ってでも、なのである。

新撰組は新撰組で、そんな隠岐家の事情を理解する様な形で静観していた。

例え咎めなければならなくなったとしても、全ての片が付いてからでいいという意味で、今すぐ口を出す必要は無かったのである。

そして虎三郎が兄の敵を探して、夜な夜な京の町を彷徨い始めて、一週間は過ぎたのだが、不審な人物に遭遇する事も無く、それどころか誰とも出会う事すら無かったのだ。

そして今日もまた、何事も無く過ぎていこうとした矢先に、一人の不審な者の姿が虎三郎の視線の先に捉えられた。
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by gushax2 | 2016-05-02 06:27 | 壱章/人斬り