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終章/ 光の彼方へ

何だろう。
心地いい。

自分が一体、何者なのか。
そんな事はどうでもいい。

ただただ心地いい。

此処が一体、何処なのか。
そんな事もどうでもいい。

なんて心地いいんだろう。

此処には有らゆる柵が無い。
これが本当の自由というものなのだろうか。

あれ?
自由って、なんだっけ?

まあ、いいか。
この温もりは、なんなのだろう。

あれ?
温もりって、なんだっけ?

まあ、いいか。
自分がどんどん此処に溶け込んでいく様だ。

あれ?
自分って、なんだっけ?

もう、何もかもが、どうでもいい。

その、どうでもいい何かに光が射す。

光に包まれた、その、どうでもいい何かは光に引っ張られる様に光の元へと向かって行く。

遥か彼方にある、あの光へと。

そして感じる。
どうでもいい何かが感じる。

嫌だ。
此処がいい。

先程まで、どうでもよかった何かに感情が芽生える。

嫌だ。
まだ行きたくない。

いや、ずっと此処に居たい。

だって感じるんだ。
判ってしまったんだ。

あの光の先に何が待ち構えているのか。

全てを理解した何かが光の彼方を突き抜ける。
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by gushax2 | 2016-06-30 05:39 | 終章/光の彼方へ

参章/死望者/其の死

義実は立ち上がった。

先程、この崖の上で横になってから、どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。

まだ風は強く吹いていた。

台風は今、どの辺なのだろうか。

そんな事を気にしても仕方がないが、気にしてしまう。

崖の下を覗く。

「怖いな~」

つい、口から声が漏れた。

義実は崖の上で目を瞑って、直立不動になる。

そして手を振りながら、何度か深呼吸をした。

突然に、更なる強風が義実を襲う。

義実はバランスを失って、崖下へと落下して行く。

『あれ!?まだ心の準備は出来てなかったのに』

『まあ、いいか』

『これで、もう死にたいなんて、思わなくても済む様になれるのかな』

義実はそれだけ思って、気を失った。

─────

義実は夢を見ている様だった。

自分の目線の先に、幼き日の自分が居る。

幼い自分は泣いていた。

いつの事だろう。

何で、泣いているのだろう。

いつも泣いていたから、何も特定は出来ない。

でも、あの頃はまだ幸せだったんだな。

そんな事、忘れていた。

そう言えば、いつからだろう。

自分が笑わなくなったのは。

そうだ。

母が死んでからは笑った覚えがないな。

少なくとも、それよりは前であろう。

勿論、作り笑いや苦笑いは別である。

とにかく懐かしい。

目の前の自分は泣いているけど、この頃はまだ笑う事も出来た。

ああ、本当に懐かしい。

なんか、泣けてくるな。

泣いたのも、いつ以来だろう。

もう、分からない。

そして消えていく。

夢が消えていく。

           ☆参章/死望者☆
                    完
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by gushax2 | 2016-06-29 05:48 | 参章/死望者

参章/死望者/其の参

義実はこの五年もの間、特に軟禁されていた二年間に沢山の事を考えさせられた。

その中でも【死望者】である義実は〔命〕について考える事に、一番多くの時間を割いたのである。

この世界では何故〔自殺〕は否定されるのか。

また、それ以前に〔死〕すら否定的に考えられてもいる。

何故、生きる事だけが正しいとされるのか。

自分の様に死を望む者に生きる事を強いる事は、生きる事を望む者に死を強いる事と変わらない様に思う。

そう、例え生きる事であっても死を望んでいる人に、それを強いてしまえば殺人と同じじゃないのか。

要するに、生と死は表裏一体であるはずなのに、一方的に死だけを悪く見る、その様なものの見方に疑問を感じたりもする。

〔生〕と〔死〕は同等に尊ばれるべきものなのではないだろうか。

勿論、これは真理の部分の話であって、哲学的な話にもなるであろう。

現実の人間社会はそうもいかない事がある事は理解する。

死を望んでいる人間であろうと簡単に切り捨てる訳にはいかない。

例え建前であったとしても詭弁であったとしても、全ての人を救おうとしなければならないのが社会というものなのだろう。

そういう意味で、人間社会において〔自殺〕は否定されるべきではあるのかもしれない。

しかし否定されるべきであるからこそ、肯定する事も必要だと義実は思っていた。

矛盾するのかもしれないが、この世界は特定の者達だけの世界ではない。

一方が存在すれば、必然的に反対側も存在する事になり、その中間のものも当然に出て来るであろう。

それら全てが肯定されるべきだと思う。

あらゆる矛盾があっていいのだ。

いや、元々、この世界は、あらゆる矛盾を孕んでもいるのだろう。

それなのに人間は自分の都合で善悪を決め付けて、悪の方を一方的に排除してしまおうとする。

矛盾を受け入れようとしないのだ。

あくまでも白黒をはっきりさせて〔正義〕を主張する。

そして立場を違えた〔正義〕がぶつかり合う。

何故、違いを認めようとしない。

何故、矛盾を受け入れようとしない。

違いがあるからこそ、世界はこんなにも豊かなのではないだろうか。

矛盾があるからこそ、我々は苦しみながらも前へと進む事が出来るのではないだろうか。

違いを認める事がこの世界が持つ多様性の素晴らしさを享受する事に繋がって、矛盾を受け入れる事で人間一人一人、そして社会全体の成長を促す事も出来るのではないか。

その様な感じ方をしている義実にとって、現代社会は〔生〕の尊さだけが強調されて、〔死〕の尊さが蔑ろにされている部分があり、それが人類を憎しみの連鎖で縛り付けてしまっている様に感じてもいた。

そして義実もまた、そんな憎しみの連鎖に縛られている。

憎しみの連鎖から抜け出せないでいるのだ。

自分の事をいじめてきた奴等。

父親。

自分自身。

何もかも。

どうしても憎まずにはいられない。

そして〔何もかも〕の所で疑問にぶつかる。

いつもの事であった。

その疑問にぶつかる事で、義実は自分が死を望んでいる事に気付かされる。

これも、いつもの事であった。

そして周囲を見回すと〔死〕が否定されてばかりいる。

死を望んでいる義実には、それがとても苦しかった。

自分自身の存在そのものを否定されている様にも感じるからだ。

〔死〕を否定されてしまう世界に自分の居場所は無い様に思う。

〔死〕を望んでしまう自分はこの世界に相応しく無い。

相応しく無い世界にいるから苦しまなければならず、その苦しみに耐えられないので死にたくなる。

恐らく、このような苦しみ方をしている方は、自分の他にも相当数いるのではないだろうか。

義実はそんな風に思っていた。

実際に毎日の様に多くの方々が自らの命を断っている。

その中の何割かは、その様な苦しみに耐え切れずに自らの命を断たなければならなくなるのかもしれない。

確かに〔常識〕という社会通念において〔死〕は否定されて然るべきではあるのだろう。

しかし余りにも、その様な〔常識〕に捉われる事で、柔軟性を無くして〔常識〕から外れたものを排除してしまう様な、そんな価値観の構築と強要がなされていて、それに耐え切れなくなる者も出てくるのではなかろうか。

そして、その様な事は大人よりも寧ろ、人間として未熟である子供達により影響がある様に思ったりする。

死を求める〔心情〕と死を遠ざける〔常識〕との板挟みにあい、にっちもさっちもいかなくなって、結果的に死を選択せざるを得なくなる。

そういう子供達も少なくはない様に思う。

義実自身も大人になる前に【死望者】になれていたら、すでに死ぬ事が出来ていたのかもしれない。

そんな風に思ったりもする。

しかし現実の義実は未だ死ぬ事も出来ずに【死望者】のまま生き続けていた。

そして悩み続け、苦しみ続けてもいる。

だから思うのだ。

否定されるべきだからこそ、肯定もされるべきだと。

また人間社会は〔常識〕という価値観を共有しながらも〔常識〕から外れた者を許容する事も、一方では大切になってくる様に思う。

しかし現実は一方的な〔常識〕の押し付けが為されている様に感じる。

〔常識〕という枠の中に収まる事を強要しているのではなかろうか。

許容すべきなのに強要してしまっているのだ。

そう考えると苦笑も禁じ得ないが、当然に苦笑している場合でもない。

そして、その様な強要が社会に閉塞感を生み出して、結果的に犯罪やいじめを助長していたりもするのではなかろうか。

義実はいじめを受けてきた一人として、その様に感じたりもするのだった。

勿論、義実からすれば、いじめは許す事は出来ない。

しかし、その許容を否定してしまう憎しみが、いじめを助長しているのかもしれないのだ。

そして助長されたいじめが新たな憎しみを生み出す。

正にこれこそ憎しみの連鎖なのではなかろうか。

そんな憎しみの連鎖から抜け出せずにいる自分が許せなくもなった。

だから余計に死にたくなったりもする。

死ぬ事以外に自分が、この憎しみの連鎖から解き放たれる方法を思い付く事が出来ない。

いくら考えても絶望にしか辿り着かないのだ。

やっぱり死にたくなる。

どうして生きなければならないのだろう。

〔生きたい〕と思う事が当然である事は否定しない。

だからと言って〔死にたい〕と思う事が否定される謂われはない様に思う。

〔生きたい〕人間が居るのだから、〔死にたい〕人間も居ていいじゃないか。

皆が皆、同じである必要は何処にもないだろう。

確かに〔生きたい〕人間は普通であるのかもしれない。

そして〔死にたい〕人間は異常なのだろう。

しかし異常であろうとも現実に〔死にたい〕人間は存在していて、それは〔生きたい〕人間が存在する理由と同様だと思う。

それなのに何故?

〔死にたい〕人間だけが否定される。

解らない。

納得出来ない。

そして〔生きたい〕人間が生きようとする事が当然である様に、〔死にたい〕人間が死のうとする事も、ある意味、当然である様にも思う。

そして、その結果、死んでしまう事になったとしても、それこそ仕方がない事の様に思うのだ。

しかし現実は〔死にたい〕と思う事が否定されてしまう。

〔死にたい〕と声を上げる事すら、憚らなければならない様な空気がある。

そんな中で〔死にたい〕と思ってしまう人は自己否定をするしかなくなってしまうのかもしれない。

周囲から否定され、自らも否定しなければならなくなる。

そのような者が〔死〕を望む様になってしまう。

【死望者】になってしまうのではなかろうか。

そして義実もまた自己を肯定出来なくなって【死望者】になったのだった。

そんな自分が死ぬ為の行動をするのは当然であろう。

それは普通に求めるものを得る為の行動にしか過ぎない様に思う。

他の者達と何も変わらない。

それなのに、何故?

〔死〕を求める事だけが否定されてしまう。

人の死は悲しいから。

本当にそうなのだろうか。

義実はそこにも大きな疑問を感じていた。

義実は思う。

【死望者】の一人として。

自分が死んだ時に誰かに悲しんで貰いたいか。

義実はそうは思わなかった。

別に悲しんで貰ったからって、どうにもなるもんでもない。

ただ、それは義実が死を望んでいるから、なのだろうか。

考えてみる。

自分がもし生きる事に希望を持てていたら、自分が死んだ時に悲しんで貰いたいか。

それでも、やっぱり悲しんで貰いたくない様に思う。

勿論、実際にそうなれたら、違ってくるのかもしれない。

しかし想像の範囲では、やはり悲しんで貰いたいとは思えなかった。

それよりも、いつまでも悲しんでなんかいないで、早く元気になって貰いたいと思うんじゃなかろうか。

正直、義実には、そう思える相手はいなかった。

義実は家族、特に父親に対しては憎しみも強いので、余り大切に思う対象にはならない様に思う。

だから、あくまでも想像の範囲になってしまうが、本当に大切に思える相手には悲しんで貰うよりも、元気になって貰いたいと思う様に思ったりするのだ。

そして、そう考えると残された者の悲しみというものは、ある意味、身勝手なものの様にも思えるのである。

勿論、残された者が、自分自身の心の中を整理する為に悲しむ事は必要ではあるのだろう。

そして、それについては否定するつもりもない。

しかし、その一方で身勝手な悲しみもある様に思うのだ。

その残された者達の身勝手な悲しみが余計な憎しみを生み出してはいないか。

義実は思う。

『罪を憎んで人を憎まず』

本当に素晴らしい言葉だと。

義実自身、憎しみに捉われてもいる。

しかし、だからこそ許せる様になりたいとも思う。

もし許す事が出来たら、憎しみの連鎖から抜け出せるんじゃなかろうか。

そう。

許す事。

それが生きる事でもある様に思う。

そして許す事が出来ない自分は〔死〕に付き纏われる。

ある意味、当然である様にも思う。

そんな義実だからこそ、誰かを許したい。

自分を許したいと思うのだ。

そして、それが出来る様であれば、生きる事に希望を抱く事も出来るのかもしれない。

しかし現実の義実にそれは出来なかった。

だから絶望し【死望者】になったのだ。

そして【死望者】になった義実が思う。

【死望者】になった義実が感じる。

何故?

どうして?

〔生〕とは一体。

〔死〕とは一体。

現代社会は〔命〕を誤解しているんじゃなかろうか。

それとも誤解しているのは自分の方なのだろうか。

判らない。

でも、思う。

そして、感じる。

〔命〕の尊さを。

〔命〕の儚さを。

そう。

〔命〕は尊いだけではない。

〔命〕は儚くもあるのだ。

尊いからこそ儚くて、儚いからこそ尊い。

だから人は精一杯に生きなければならない。

自分はどうだろう。

精一杯に生きてきた。

精一杯に生きてきた結果【死望者】になったのだ。

寧ろ義実には手を抜いたりする余裕は無かった。

義実に出来る事は精一杯にやる事だけである。

それでも失敗を繰り返し、傷付いて傷付いて【死望者】になったのだ。

もう、これ以上はどうしようもなかった。

自分は間違っているのかもしれない。

例え間違っていても、自分は〔死〕を望んでいる。

それだけは何も変わらない。

変わらない以上、例え今日もまた失敗したとしても、いずれまた繰り返すだけの事だと思う。

そう。

変わらない以上【死望者】である以上、自分は死のうとするしかない。

〔死〕という結果が得られるまで、死のうとするしかないのだ。

そう。

その結果を得る為に、わざわざ〔此処〕まで来たのだから。

そして〔此処〕まで来た自分が思う。

〔此処〕まで来て感じる。

自分のこの〔死にたい〕気持ちは〔生きたい〕事の裏返しなのではないだろうか。

〔生きたい〕から〔死にたい〕のである。

そう考えると〔死にたい〕と思う事は〔生きたい〕と思う事と同じなのだ。

義実にとっては死を求める事自体が、生きる事になってしまっているのかもしれない。

だから生きている限り、死を求めてしまうのだろう。

そして〔死〕という結果を求めてしまう事が【死望者】というものでもあるのだ。

そう。

義実は今もまだ間違いなく【死望者】であったのだ。
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by gushax2 | 2016-06-28 05:54 | 参章/死望者

参章/死望者/其の弐

【死望者】になった義実は先ず、死を得る手段を考えた。

時々、テレビドラマ等で見掛ける、手首を切る事。

『う~ん。痛そうだな』

首を吊る事。

『これは出来るかもしれない』

よくニュースになったりする、鉄道等への飛び込み。

『出来れば何の関係もない他人は巻き込みたくないな。それよりも余りニュースになったりしたくはない』

高所からの飛び降り。

『建造物の上からは避けたい。他人を巻き込む可能性もあるし、止められる可能性も高いだろう。だから何処かの崖の上からだったら』

最後は薬の大量服薬。

『これが一番、楽に死ねそうかな』

とりあえず、これだけ思いついたので、この中で優先順位を付ける。

1番目は〔薬の大量服薬〕かな。

2番目は〔首吊り〕かな。

3番目に〔崖から飛び降り〕。

以下〔鉄道への飛び込み〕、〔手首を切る〕となった。

そこで義実は思う。

先ず自分が如何に痛みに対する恐怖に弱いか。

〔手首を切る〕が一番最後になったのは、そういう事だろう。

更に切るのは手首ではなく、腹の方が確実だと思い付いた。

しかし、どちらにしても、義実は自分にそれが出来るとは到底思えない。

そして、いじめをすんなりと受け入れてしまっていた自分に少し納得をする。

〔暴力を恐れる余りに〕という意味で、仕方がなかったのかもしれないと改めて思った。

とは言え〔自分が金銭で自分自身を売り渡した〕という事実は何も変わらない。

そう思うと再び憎しみが沸き上がってくる。

自分をいじめてきた奴等。

父親。

自分自身。

何もかも。

そして〔何もかも〕なのに、無関係の他人に迷惑を掛けたくないと思うのは何でだろう。

恐らく飛び込み自殺をする方は、それだけ社会に対する憎しみが強いからなのかもしれない。

しかし自分はそこまでにはなれなかった。

確かに義実にも社会に対する憎しみはある。

だから〔何もかも〕にはなるのだが、それでも迷惑を掛けたくないと思う理由。

一つ思い付いたのは、義実が自分自身、余り目立つ事が好きではないからではないか、と。

誰かを巻き込む事になれば、ニュースになるだろう。

義実はどうしても、それは避けたかった。

とにかく自分が騒ぎの中心になる様な事が嫌だったのだ。

だから巻き込んでしまう誰かに対する気遣いよりも、あくまでも自分の都合でしたくないのだろう。

そう考えると妙に納得が出来たりもする。

死ぬ事を考えたら、そんな事を気にしても仕方がないとも思うが、それでも嫌なものは嫌だった。

逆に、その様な都合が無ければ他人の事なんか、一々、構っちゃいられなかったりもするのかもしれない。

また、より多くの方に迷惑を掛ける事が社会に対する復讐にはなるのかもしれないが、果たして、それで本当に報われるのか。

その辺、義実には全然、解らなかった。

ただ自分に置き換えると、それで復讐が果たされる様には思えない。

そして、もう一つ思いが過ぎる。

自分が余り社会との繋がりを強くは求めていない。

その事が義実の憎しみを社会に向かわせない、もう一つの理由として考えられる様に思った。

社会に対して繋がりを求める気持ちが強ければ強い程、社会に裏切られたと感じた時に社会に対する憎しみが強まる。

これは決して自殺に限った事ではなく、社会に対する復讐と受け取れる行為全てに、そういう一面がある様に思ったのだ。

また義実はいじめに対して、何の行動も起こしてくれなかった他の同級生達には、余り憎しみを感じなかった。

義実がその立場に立って、いじめられている同級生に対して、何か行動出来るのかを考えると、とても何か行動が出来るとは思えないので、その事を責める気にはなれなかったからだ。

勿論、当時、実際に助けてもらえていたら、どんなにありがたかった事か。

しかし今になって考えると、助けてもらえなかった事で同級生を責めるのは、余りにも酷な様にも思う。

この辺りも義実が社会に対して、繋がりを強くは求めていない事が、大きく影響している様に思った。

周囲に対する期待が大きい程、直接の関わりが無い周囲の者達に対しても憎しみが沸いてしまう。

その様な事があるのではなかろうか。

とにかく義実は社会に対する憎しみはあっても、無関係の誰かまで巻き込む様な復讐をしようとまでは思えない。

義実が復讐するとしたら、何に?誰に?

当然に先ずは義実の事を直接いじめてきた奴等である。

そして、それを見て見ぬ振りしてきた大人達であろう。

しかし誰かをいじめるような奴が、その対象が自殺したからといって傷付く様な性質なのか。

中には、そういう奴もいるのかもしれないが、そうでない方が多い様な気がする。

いじめをする様な奴が、その様な細やかな神経を持ち合わせているとは到底思えない。

そうであれば〔自殺〕は復讐とは為り得ないのかもしれない。

もし死ぬ事でいじめてきた奴等を呪う事が出来れば、復讐は可能なのかもしれないが、それは、ちょっと現実的ではない様に思う。

結局〔自殺〕は復讐を目的にすると、空振りに終わる危険性も高い様に思った。

また親や教師等の大人達に対しては〔自殺〕が復讐には為り得るのかもしれない。

親にとって自分の子供が、教師にとって教え子が、自殺してしまったら、それなりのダメージはあるだろう。

しかし、それなりのダメージを与えたところで、自分は復讐を果たしたと思えるのだろうか。

そうは思えなかった。

自分の憎しみは、そんな容易いものではない。

では、どうなれば復讐を果たしたと思えるのだろうか。

判らない。

ただただ憎かった。

ひょっとしたら復讐では、自分の中の憎しみを追い出す事は出来ないのかもしれない。

その様に考えていくと、今度は復讐する事自体に疑問が生じたりもする。

本当に自分は復讐をしたいのか。

復讐で自分の中を憎しみを何とか出来るのか。

ひょっとしたら復讐以外の選択肢もあるのかもしれない。

もし復讐という悪意で誰かを傷付けてしまったら、いじめという悪行を認めてしまう事にも為り得るのではなかろうか。

例え切っ掛けが相手にあったとしても、結果として悪意で誰かを傷付けてしまったら、同じ穴の貉になってしまう様に思った。

あんな奴等と同類にはなりたくない。

あんな奴等の為に自分が加害者になるのは馬鹿らしい。

そもそも復讐自体が空振りに終わる可能性も高いのに、成功したら成功したで自分が罪悪感に苛まされる事にもなりかねないのだ。

それも、あんな奴等の為に。

その様に考えていくと、自殺する理由として復讐というのは適当ではない様に思った。

勿論、死ぬ事を考えたら、罪悪感に苛まされる心配はしなくてもいいのかもしれないが、それでも復讐が果たされる事は少ない様に思う。

やはり復讐をする為には死んだりするよりも、生きていないと駄目な様な気がする。

自分はどうなんだろう。

義実は考えてみた。

復讐がしたいのか。

死にたいのか。

復讐が出来るのであれば、してみたい気がしないでもない。

しかし復讐が出来るとは思えない。

何の才能も特技もない自分が、どうやって復讐したらいいのか全く判らない。

それに復讐は出来たとしても、同じ穴の貉になるだけなのだ。

あんな奴等と同類にだけはなりたくない。

そう考えると、やっぱり死にたい。

復讐なんてもう、どうでもいい。

死ぬ事さえ出来るのであれば、後はもう全てどうでもいい。

自分が進むべき選択肢は復讐ではなく〔自殺〕だと思った。

復讐の為の〔自殺〕ではなく、あくまでも自身の〔死〕を望む気持ちに報いる為の〔自殺〕である。

そして義実は自殺を試みる事にした。

先ずは一番、楽そうに思えた〔薬の大量服薬〕を。

睡眠薬は父親に不眠を訴えれば用意してくれた。

父親は知人の医師から譲り受けている様だった。

とにかく義実の父親はよっぽどのものでない限り、金銭で何とかなるものは何でも与えたくれたのだ。

そのおかげで睡眠薬を入手する事は何の問題も無かった。

そして50錠程、睡眠薬を溜め込み、それを一度に服薬して、そのまま眠りに就く。

しかし幾らもしない内に薬の殆どを吐き出し、意識が朦朧とするまま病院に搬送されて胃洗浄を受ける。

その胃洗浄が地獄の苦しみだった。

一番楽だと思ったのが大間違いだったのだ。

もう二度と薬の大量服薬はするまいと思った。

元々、痛みに対する恐怖に弱い義実にとって、胃洗浄の苦痛にかなりの恐怖を植付けられる。

そして三日間の静養をして、職場に戻ったが当然に解雇された。

別に自殺未遂がバレた訳ではないが、一日無断欠勤して、そのまま三日間休んだので、元々、解雇するタイミングを測っていたであろう会社の方からしたら、ちょうど良かったのだろう。

そして義実が自殺未遂をしたという事実を知るのは、家族と病院で関わった方々だけだと思われた。

恐らく、というか先ず間違いなく、病院関係者には父親が口止めをしているはずである。

二度程、そう推測が出来る様な場面を目にした事があった。

近所には適当な病名を告げている様である。

そして、そんな父親に義実は絶望したのだ。

だから再び自殺を試みようと思った。

とは言え、すぐにとはいかないので、とりあえずは仕事を探す。

別に仕事はしなくとも養っては貰えるだろう。

しかし父親に絶望している義実は、そんな父親の世話になるのは我慢がならなかったのだ。

出来れば実家を出て一人暮らししたいくらいなのだが、仕事が長続きしない義実には、それも難しかった。

とにかく出来る限り自立する為にも、仕事は探す必要がある。

そんな義実にとっては仕事を探すのも、そんなに簡単な事ではなかったが、選り好みしなければ何とかはなった。

元々、何の特技も資格も無い義実には、選り好みしてる余裕は無い。

とりあえず働かせて貰える所があれば、何処でも構わなかった。

そして暫くすると、職場で義実は孤立する。

それから暫くすると、今度は解雇されてしまう。

いつもの事である。

そして何度か職を転々としている間に、次の自殺をするタイミングを謀った。

一度目の自殺未遂の時から二年程、経ってから、今度は首を吊ったのである。

自宅の自室で天井の梁にロープを括って、机の上から降りる様に首を吊った。

義実はそのまま気を失った。

気が付くと兄に介抱されていたのである。

天井を見るとロープが切れていた。

左の足首と左手の薬指に激痛が走る。

どちらも骨折していた。

そして再び病院に担ぎ込まれる。

しかし、また入院はさせて貰えなかった。

治療を終えたら、自宅へ連れ戻される。

義実は別に入院がしたかった訳でもないのだが、父親がまた義実が自殺を試みた事実を隠そうとしたのだ。

義実の首にはロープの跡がくっきり残っていた。

入院させるよりも自宅へ連れ帰った方が、事実を隠すのに都合がよいと判断したのだろう。

そして、それから二年程、義実は父親に軟禁される事になる。

父親の世話になるのは嫌だったが、首吊りも失敗に終わった事で、かなりのショックを受け、何もする気になれなかったので、とりあえずは甘えるしかなかった。

せめてもの抵抗にと、可能な限り、食事を抜く。

一週間に一度とか、二週間に一度とか、長い時は一ヶ月くらい抜いた事もあった。

そのまま死んでしまえればと思ったりもしたが、限界がくると、どうしても食べてしまう。

結局、二年間で70㎏近くあった体重も40㎏を切っていた。

そんな義実の様子を見て父親は、このまま軟禁し続ける事も問題だと思ったらしく、義実と話し合いをして軟禁を解く事になる。

義実も軟禁を解いてもらうなら働きに出たいので、体力を戻す為にもと無理な節制は止める様にする。

ただ自分がまた自殺を試みようと思っている事は、言わずにおかなければならなかった。

言ってしまうと父親からしたら、軟禁を解く訳にはいかなくなるだろう事は想像に難く無い。

再び自殺を実行する為にも、これ以上、父親の世話になる事を避ける為にも、そうするしかなかった。

そして三ヶ月もすると体重も60㎏くらいまで戻って、義実は仕事を探し始める。

仕事が見つかり働き始めると、義実は再び自殺するタイミングを謀った。

今度は〔崖からの飛び降り〕を考える。

そして下調べをして、実行する場所も特定した。

しかし中々、その気になれなかったのだ。

思った以上に前回の失敗が義実の精神を弱らせていた様である。

実際に本当に参ってはいた。

死ぬ事すら出来ない自分自身に更なる絶望を感じる。

自殺を実行するには相当な気力も必要なのだ。

結局、気力が回復して再びこの崖に来るまで、前回の未遂から約五年もの歳月を経ていた。

下調べで来た時からは四年程、経っている。

義実はもう二十八歳になっていた。
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by gushax2 | 2016-06-27 09:21 | 参章/死望者

参章/死望者/其の壱

風が強く吹いている。

雨も強く降っている。

崖下の海の波もまるで崖に襲い掛かる様に、激しく、ぶつかって来ていた。

台風が来ているのである。

そんな中で一人の男が崖の上に立っていた。

名は相良義実という。

年齢は二十八歳。

飛び降り自殺をする為に〔此処〕へと、やって来たのだ。

〔此処〕とは何処なのか。

詳しく明かす事は出来ないが、普段であれば少ないながらも観光客の数人くらいは居るのかもしれない。

だからこそ義実は〔今日〕を選んだのだ。

単に夜中でも人目につく可能性は少ないが〔今日〕の様な日の方が、確実に人目につかずに〔此処〕へと辿り着ける。

そんな風に義実は考えていたのだ。

そして義実の考えた通り〔此処〕へ来るまでに、義実が人を見掛ける事は一切、無かった。

だから義実が人目についた可能性も、限り無く少ないはずである。

また〔今日〕のような日の方が自分の最期には相応しい。

そういう思いも義実にはあった。

そうして近くの駐車場で車を止めて〔此処〕まで歩いて来たのだ。

そして義実は今、強風に煽られながら、崖の上に立っているのである。

「ふふ」

義実は一人で小さく苦笑った。

これから飛び降りようとしている男が、風に煽られて崖下に落ちるのを必死で堪えているのである。

義実はそんな自分が少し憐れんで見えた。

そして堪えるのを止めて、風に煽られるままに崖下へと落ちてみるのも悪くはない。

もし、そうなった場合は自殺ではなく、事故死になるのだろうか。

義実はふと、そんな事を思った。

そして、すぐに、それを打ち消す。

実家の自室に遺書を置いてきてあるからだ。

自分で飛び降りようとも、風に煽られて落ちようとも、状況からして自殺という事になるであろう。

それにしても、いざ、これから飛び降りようと思うと、怖くて怖くて仕方がない。

勿論、死ぬ事自体も怖いのだが〔此処〕の高さが、とてつもなく怖く感じるのである。

義実は高所恐怖症ではない。

普段であれば、何の問題もないだろう。

しかし、これから飛び降りようと思うと、この高さが、とても恐ろしく感じるのだ。

そして高所恐怖症の人は落ちる事を考えてしまうから、高所において恐怖を感じるのかもしれない。

義実はふと、そんな事を思った。

「ふふ」

そして義実は再び一人で小さく苦笑った。

これから死のうというのに、つまらない事を考えるものだ。

そんな事よりも今、自分が感じている恐怖をなんとかしなければならない。

いつまでも、こうして崖の上で突っ立っていても仕方がないのだ。

しかし、どうしても飛び降りる事が出来なかった。

これだけの強風の中、立っているだけでも正直しんどい。

そこで義実は一旦、気を落ち着かせようと思った。

そして義実は立つのを止めて、崖の上に大の字で横になる。

そして目を瞑って思い巡らす。

二週間程前に職場を解雇された。

雇用する側からしたら当然であろう。

自分がどれだけ周囲に迷惑を掛けてきた事か。

義実は一生懸命に働いた。

しかし度々とんでもないチョンボを犯してしまう。

その度に周囲に尻拭いをさせてしまっていた。

最初は優しく接してくれていた方からも、失敗を重ねていくにつれて、次第に冷たくあしらわれる様になり、義実は職場で孤立していく。

義実は本当に必死に働いた。

恐らく、それは周囲にも伝わってはいる。

だから失敗しても、その失敗を責められる事は余り無かった。

最初は怒られたりもするが、失敗を繰り返す内に、次第に義実からは距離をおく様になっていく。

義実と関わる事で義実が何か失敗した際、自分がその失敗の尻拭いをしなければならなくなる事を避けようとするのである。

義実を厄介者扱いして、その厄介者を押し付け合う様に、誰も義実とは関わろうとはしなくなる。

周囲の者達だって、自分の仕事があるのだ。

わざわざ積極的に誰かのフォローをする程、ゆとりがある訳でもない。

それでも慣れない内は仕方がない事だと、誰かが誰かのフォローをする。

それは何処の職場でも当て嵌まる事だろう。

しかし、いつまでも、そういう訳にはいかない。

その内に見放されて、孤立してしまう。

それは決して周囲の者達が悪い訳ではない。

何度も同じ様な失敗を繰り返す義実自身に問題があると、義実自身もその事は判っていた。

それでも、どうしても何かしら大事な事を失念してしまって、同じ様な失敗を繰り返してしまう。

義実にはもう、どうする事も出来なかった。

そして、その様な事はその職場に限った事では無かったのだ。

これまで義実は幾つもの職を転々としてきたのだが、その度に失敗を繰り返し職場で孤立して、挙げ句の果てに解雇されてきたのである。

恐らく義実は何かしらの障害を抱えていると思われるが、義実自身、その事には何の知識も自覚も無かった。

障害ではなく、自身の不注意や能力の欠如に因るものと考えていた。

そして、それらも含めた上で、自らの不運を嘆く以外に無かったのである。

そして更に遡ると、学生時代もろくな事は無かった。

小学生の時には〔義実〕という名前の所為で、男のくせに女の子みたいだと揶揄われ続けて、それもあってか良好な人間関係を築けずに、中学生以降もいじめを受けたりして沢山、傷付いてもきたのだ。

また、そんな中でも一度だけ、異性に恋心を抱いたのだが、その想いを伝えても受け止めては貰えず、それどころか、その事を晒されて学校中の笑い者になったりもした。

そして学力の方も全くと言っていい程に出来が悪く、運動や芸術的な才能も全く感じられなかったので、大学に進学する事も出来ずに、何の資格も技術も無いまま半ば無理矢理、社会に放り出されたのである。

今、思い返してみても、義実の過去には本当に何一ついい思い出が無かった。

そう考えると、此処まで生きてこれた事が不思議に思えるくらいである。

実際に義実は過去に二度、自殺を試みた。

一度目は睡眠剤を大量に服薬したのだが、幾らもしない内に殆どを吐き出してしまい、そのまま病院に搬送されて胃洗浄を受ける事になる。

結局、死ぬどころか、それまで経験した事も無い様な、苦痛を味わっただけだった。

二度目は首を吊ったのだが、途中でロープが切れて、死にきれなかったのだ。

その時に気を失ったまま落下したが、気が付くと左の足首と左手の薬指を骨折していた。

本当に散々な結果ばかりである。

更にそれら、義実が自殺を試みたという事実は、父親に揉み消されてしまった。

勿論、それは世間体という意味で、義実も理解出来ない事ではない。

しかし親子の信頼関係という部分で、義実は裏切られた様に感じていた。

教育関係の仕事もしている父親にとって、自分の息子が自殺を試みた、なんていう事実は隠したくもなるだろう。

恐らく自分が父親の立場に立ったら、同じ事をする様に義実は思った。

だから決して周囲に事実を伝えて欲しかった訳ではない。

義実にとっても、そんな事を周囲にわざわざ知られたくはなかった。

しかし、その一方で、その様な事実を隠される事自体が、義実自身の存在を否定された様にも感じたのだ。

では、一体、どうして欲しかったのか。

義実にも、それが全然、分からなかった。

ただ一つ言えるのは、それ以前から父親に対する信頼関係は揺らいでいたが、それにより決定的にはなったのだ。

母親とは中学生の時に死別している。

癌だった。

大腸癌が色んな所に転移してて、手遅れだった。

二つ上に兄が一人いる。

兄は義実と違って優秀だった。

運動や芸術的な才能は義実と大差ない感じだが、各教科の成績は頗る良かったのだ。

父親はそんな兄を可愛がった。

そして義実はそんな兄とよく比較されたのである。

兄とは特別に仲が悪かった訳でもないが、良かった訳でも無かった。

比較されればされる程に、兄との距離が開いていく様に感じる。

それは兄も同様だったであろう。

だから悪くもなく、良くもなかったのである。

そして義実にとっては、そんな兄の存在そのものが、日に日に苦痛にもなっていった。

そんな義実にとって、母親が元気な内は、まだ救いもあったが、母親と死別して以降は本当に、地獄の様な日々が続く。

学校では毎日いじめを受けていた。

暴力によるいじめは殆ど無かったが、言葉によるいじめは元より、何よりも所有物の破壊、強奪、盗難が酷かったのだ。

更には強請集りである。

時には義実から強奪、盗難した物を売り付けられたりもする。

義実の家は元々、裕福な家庭であり、父親の収入も高かった。

だから少額であれば、毎日、義実が無心しても、何も言わずに与えてはくれる。

例え少額でなかったとしても、所有物の破損や紛失等の明確な理由があれば、買い与えてもくれた。

しかし義実が本当に望んでいたのは、そんな事では無い。

父親に助けを求めていたのだ。

そして父親であれば、その様な義実がいじめを受けている事は容易に想像出来たはずであった。

しかし義実の父親はそれを承知の上で、見て見ぬ振りをし、金銭での解決を図ったのである。

少なくとも義実はその様に受け取った。

今、思えば、きちんと言葉にして助けを求めていたら、父親はどうしたのだろうか。

そんな事を思ったりもするが、当時の義実は何でも金銭で解決しようとする父親に不信を募らせるだけだった。

そして義実もまた金銭での解決を図ったのだ。

とは言え、いじめを受けている当時の義実には、そんな事に気付くゆとりもなく、ただ一日を無事に過ごす事が精一杯だったのである。

その事に気付いたのは社会に出てからだった。

幾つかの職を経て、その職場でも孤立を深めていたある日、突然にその事に気付いたのだ。

義実が暴力を受けなかったのは、義実が従順だったからであり、従順だったから、いじめを助長していたのかもしれなかった。

義実は暴力を恐れる余り知らず知らずの内に、自分自身をいじめる相手に売り渡していたのだ。

自分もまた父親と同じ様に、金銭での解決をしてしまっていたと気付いた。

義実のいじめという現実に対して、見て見ぬ振りをした、父親と自分が同じであったと気付いたのである。

たまらなく、悔しかった。

たまらなく、苦しかった。

たまらなく、辛かった。

たまらなく、空しかった。

たまらなく、寂しかった。

父親に続いて、自分自身にも裏切られた様に感じた。

蛙の子は蛙とは、よく言ったものだ。

父親と自分との血の繋がりに、言い知れぬ嫌悪感を感じた。

そして、許せなくなったのだ。

自分の事をいじめてきた奴等。

父親。

自分自身。

何もかも。

この時、義実は初めて【死望者】になったのだった。
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by gushax2 | 2016-06-26 06:05 | 参章/死望者

間章/無

無い、何も無い。
「そこ」には何も無かった。

最初から何も無かったのか、それとも何かを理由に何も無くなってしまったのか。
とにかく「そこ」には何も無かった。

色も無い。
音も無い。
臭いも無い。
味も無い。
感触も無い。
更には過ぎ行く時間すら無い。
そして何故、無いのかを考える、思考すらも無いのだ。
ただただ有りと有らゆる、何もかもが無いのである。

ひょっとしたら「そこ」そのものすら無いのかもしれない。
だから「そこ」としか表わす事が出来ないのであって、「そこ」を的確に表わす言葉すら無いのだ。

もし「そこ」に何かを持ち込んだとしても、その様な事実すら無くなってしまうのではなかろうか。

無い、何も無い。
「そこ」には何も無かった。

とにかく「そこ」には何も無かった。
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by gushax2 | 2016-06-25 06:31 | 間章/無

弐章/英雄/挿話参拾陸/戦いの後、そして繰り返される歴史

燿炎達が露衣土を倒して露衣土城を攻め落とすと、湘の国で展開していた露衣土軍の本隊も難無く討伐軍の軍門に下る事になる。

皇帝を失った露衣土帝国軍の兵達には、もう戦う気力も理由も無かったのだ。

そして氷の大陸の民衆の中には、燿炎達を迎え入れる事に抵抗の強い者も少なからずいたが、それでも、やはり、戦争が終わった事による安堵感に包まれている者達が大半ではあった。

民衆とは現金なもので、今まで露衣土を英雄として崇めていたのに、その露衣土が倒されると、今度は露衣土を倒した燿炎を英雄として崇める様になる。

民衆にとって英雄は誰であってもよいのだ。

平和に暮らす事が出来れば、それでいいのである。

その期待を今度は燿炎に託す事になっただけの事なのだ。

そして燿炎達、討伐軍は他の三大陸に加えて、氷の大陸も制圧する事になり、精霊の星、全体を制圧する事にもなった。

しかし露衣土と同様のやり方では、精霊の星、全体を纏める事は出来ないと考えて、各大陸毎にそれぞれ統治をしていく様にする。

氷の大陸では他の大陸に比べて、討伐軍のリーダーであった燿炎に対する反発も強かった事も考慮して、氷の精霊の守護を受けている事で、氷の大陸の民衆からの受けが良かった凍浬が統治をしていく事となる。

燿炎は故郷を離れて、炎の大陸を統治していく事になり、麗羅が風の大陸を、崩墟が大地の大陸を、それぞれ統治をしていく事となる。

結局、四天王は自らを守護する精霊と同じ系統の大陸の統治をする事になった。

そして凍浬が氷の大陸に留まって、燿炎は炎の大陸へ、麗羅は風の大陸へ、崩墟は大地の大陸へと、それぞれに部下を引き連れて、自分が統治する大陸へと向かう。

その後、氷の大陸と炎の大陸は国土の広さと地域による習慣の多様性から、幾つかの国家に分割した上での連合国制を布く様になる。

風の大陸はそれほど国土が広くはなく、大地の大陸はまだ復活したばかりなので、そこまでする必要がなかった。

こうして精霊の星に束の間の平和が訪れる。

しかし、この平和もそう長くは続かなかった。

三十年程、経った後、炎の大陸を統治していた燿炎が何者かに暗殺されてしまったのである。

混乱の中で民衆は当たり前の様に平和を望む。

しかし平和の中で民衆が平和を望み続ける事はそう容易ではなかったりもする。

平和である事が当たり前になると、今度は混乱を求める者が増えてもくるのだ。

それが、この世の常なのかもしれない。

こうして精霊の星の民衆は再び英雄を失う事になって、徐々に炎の大陸から精霊の星、全体へと混乱が拡がっていく事になる。

そして精霊の星の民衆は再び新たな英雄の登場を待つ事となった。

─────

万象は言った。

『争いに依って手に入れた平和は長続きするものじゃない』

と。

正にその言葉通りになってしまったのだ。

しかし争わなければ平和を手にする事は出来ない。

これも、また、現実なのである。

そんな矛盾の中でこれまで人類は歴史を積み重ねて来て、これからも新たな歴史を積み重ねていく事になるのだろう。

           ☆弐章/英雄☆
                    完
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by gushax2 | 2016-06-24 06:06 | 弐章/英雄

弐章/英雄/挿話参拾伍/万事休すからの起死回生

露衣土の部屋の前で燿炎は露衣土と対峙していた。

珍しく風も全く吹いていない。

風も二人の対決を固唾を呑んで、静かに見守っている。

正にそんな感じであった。

幾らか下の階からの喧々たる物音も届いてくるが、激しい戦闘が行われているであろう、下の階とは別世界の様である。

そんな中で先に動いたのは燿炎だった。

燿炎は自らの頭上に、とてつもなく大きな火球を作り、その火球を露衣土へ向けて放つ。

恐らく、これだけの火球を作り出せるのは、この星の中でも燿炎にしか出来ない事だろう。

それでも露衣土は微動だにせずに、そのまま火球に包まれる。

普通なら、これで露衣土の体は跡形も無く燃え尽くされて、勝負は決するはずであった。

しかし信じられない事にその火球の中から笑い声が響いてくる。

「ふはははは」

そして露衣土が声を張り上げる。

「これくらいの炎で私を倒せるものか!」

途端に露衣土を包んでいた火球が一気に消し飛んだ。

露衣土は先程と同じ状態で微動だにせずに立っている。

「くっ、」

燿炎は小さく呻いた。

燿炎には、もう、先程より強力な炎は作り出せない。

燿炎が作り出す事が出来る最大の炎が通用しなかったのだ。

万事休すである。

「どうやら、お前には私に倒される覚悟の方が必要だった様だな」

露衣土が勝ち誇った様に言った。

何も言い返せずに、ただ露衣土を睨みつける、燿炎。

そして露衣土は畳み掛ける様に言う。

「炮炎があの世で寂しがっているぞ。これから炮炎と再会させてやろう」

露衣土のその言葉と共に燿炎は一瞬にして凍らされてしまった。

露衣土からすれば、後は大地の魔法で燿炎の体を粉々にするだけである。

そして露衣土は大地の魔法を使って、燿炎の体を粉々にしようとした。

しかし露衣土が大地の魔法を使っても、燿炎の体は粉々にならない。

周りを見渡すと、いつの間にか、燿炎のすぐ左後方に崩墟、上空に麗羅、燿炎から少し離れた右後方に凍浬と、討伐軍四天王の残りの三人が此処まで、やって来ていた。

そして凍っていた燿炎もすでに解凍されて、元の姿に戻っている。

麗羅が風の魔法で崩墟と凍浬を此処まで連れて来て、崩墟が大地の魔法で露衣土の大地の魔法を相殺し、凍浬が氷の魔法で凍っていた燿炎を解凍したのだ。

「助かったぜ」

解凍された燿炎が言った。

そして燿炎は再び先程と同じくらいの大きさの火球を自らの頭上に作り出して、それを露衣土に放つ。

露衣土もまた先程と同様に微動だにせず、火球に包まれた。

その瞬間、燿炎が叫ぶ。

「麗羅!」

「判ってるわよ!」

麗羅が応えた。

そして麗羅が風の魔法を使って風を操り、露衣土を包んでいる火球に大量の酸素を送り込む。

火球の炎が勢いを増す。

そんな火球の中で露衣土は燿炎に対して、優しい眼差しを向けながら声を掛けてくる。

「本当に強くなったものだ」

露衣土がそう言った途端に火球が一気に消し飛ぶ。

そして今度は火球と共に露衣土の肉体も跡形も無く消し飛んだ。

「露衣土ー!!」

燿炎の咆哮が露衣土城の上空に響き渡る。
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by gushax2 | 2016-06-23 06:55 | 弐章/英雄

弐章/英雄/挿話参拾肆/理解を超えた対立

様々な経緯を経て結果的に、なのかもしれないが、燿炎は露衣土に対する理解を深める事となった。

だから燿炎は憎しみを抱いていたはずの露衣土に対して、尊敬の念すら抱く様になってきている。

そして露衣土に対する尊敬の念があるからこそ、燿炎もまた真剣に平和へと向かわなければならない。

炮炎も真剣に平和へと向かった過程で露衣土に殺されたのであって、露衣土もそんな炮炎だからこそ真剣に炮炎を殺したのであろう。

そして燿炎と露衣土はこれから雌雄を決しようとしている。

お互いがお互いの信ずるものの為に相手を倒さなければならない。

その結果、恐らくは、どちらかが死ぬ事になるであろう。

そして、どちらが死ぬ事になったとしても、どちらも恨んだり憎んだりするものではないのだ。

お互いが真剣に平和というものと向き合った結果、相手を殺さなければならなくなっただけの事である。

二人は数瞬の間、目を合わせたまま微動だにしなかった。

そして露衣土が先に燿炎に声を掛ける。

「久しぶりだな」

「そうだな。これだけの時間があれば、お前も十分に覚悟が出来ただろう?」

燿炎は露衣土の声に応えると共に露衣土の覚悟を問うた。

惚ける様な感じで燿炎に訊き返す、露衣土。

「私に一体、何の覚悟の必要があるんだ!?」

「別に惚ける必要は無いだろう」

少し呆れる様に燿炎は言った。

露衣土は微笑みながら言う。

「惚けてなんかは、いないさ。それが現実と云うものだろう」

「何が現実だよ。今のこの状況を理解出来ていないのか!?」

燿炎は不満そうに言ってはいるが、そんな言葉とは裏腹に燿炎もまた露衣土との会話を楽しんでいる様だ。

露衣土は燿炎の問いに対して、不遜に言い放つ。

「私はどの様な状況であれ、何も変わりはしない」

「そうだったな」

燿炎は露衣土の言葉に納得した。

今度は露衣土の方から燿炎に覚悟を問うてくる。

「覚悟が必要なのは、お前の方じゃないのか!?」

「覚悟なら、もう十分にしているさ」

今度は燿炎が微笑みながら言った。

露衣土は感心する様に言う。

「そうか。私に倒される為にわざわざ此処まで、やって来たという事か」

「誰がそういう覚悟をしたと言った?」

燿炎は露衣土の受け取り方に対する疑問を呈した。

正解がなんなのか、露衣土は燿炎に尋ねる。

「じゃあ、どんな覚悟をしたというんだ!?」

「お前を倒す、覚悟さ」

燿炎が露衣土に言い放った。

今度は露衣土が燿炎の言葉に納得して、更に言葉を続ける。

「なるほど。しかし、その覚悟は無駄だったな」

「やってみなければ分からないさ」

燿炎が楽しそうに言った。

露衣土も楽しそうに言い返す。

「お前には分からなくても私には分かる」

「まあ、いい。俺達の間に言葉はもう不要だ」

燿炎が会話を終えようとした。

露衣土が燿炎の言葉に同意する。

「そうだな」

二人は再び目を合わせたまま微動だにしなくなった。

下階では城兵と討伐軍との激しい戦闘が続いている。

しかし此処はまるで、時が止まってしまったかの様であった。
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by gushax2 | 2016-06-22 04:55 | 弐章/英雄

弐章/英雄/挿話参拾参/憎しみが理解へ変わるまで

燿炎は久しぶりに露衣土との対面を果たした。

それに拠り、今度は燿炎の頭の中で炮炎が殺された場面が甦ってくる。

─────

「燿炎、まだ、判らないのか?」

炮炎が厳しい眼差しで燿炎に問うた。

「炮炎」

燿炎は炮炎の問いには答えられずに、それだけを言うのが、やっとだった。

そんな燿炎の様子を見て説得を続ける、炮炎。

「露衣土のやらんとしている事が真の平和に繋がるものではない事を」

「んー」

燿炎は言葉にならない呻き声を発するだけだった。

突然、話に割って入ってくる、露衣土。

「言いたい事は言い終わった様だな」

「止めろ!露衣土!」

燿炎は露衣土を制止しようと叫ぶ。

─────

いつも夢で見ていた場面であった。

燿炎の中で、なんとも言えない様な感情が沸々と湧き上がってくる。

兄の炮炎を失った哀しみ。

その炮炎を殺した露衣土を目前にして、憎しみが生じてきても当然ではある。

確かに以前の燿炎には露衣土に対する憎しみがあった。

それは否定出来ない。

しかし今のこの感情には不思議と憎しみの様なものは、もう無くなっていた。

だから、なんとも言えない様なものなのだ。

今、燿炎も露衣土もお互いに対して憎しみを抱いて敵対している訳ではなかった。

露衣土は精霊の星を統一する事が平和へと繋がると信じて、その妨げになる者は炮炎であろうとも、燿炎であろうとも、他の誰であろうとも排除するだけの事で、その結果として炮炎を殺す事になり、燿炎とも敵対する事になってしまっただけなのだ。

勿論、燿炎にとっての露衣土は幼馴染みと云う事もあって、長年、共に過ごしてきた事で、その様な露衣土の性格は十分に解ってはいた。

それでも炮炎が殺された時は露衣土に対して、憎しみを抱かずにはいられなかったのである。

その憎しみが露衣土に対しての疑問と云うものを決定的なものにし、露衣土の下を離れて反乱軍へと身を投ずる最大の要因にもなった。

そして反乱軍のリーダーとなって露衣土帝国軍と戦っていく内に、平和と云うものに対する疑問、戦う事に対する疑問、様々な疑問と向き合う事となって、それら多くの疑問が燿炎の内にあった露衣土に対しての憎しみを洗い流してしまったのかもしれなかった。

そして何の迷いも無く、いや、迷いはあったとしても、それを表には出さずに自分が信じた道を突き進む事が出来る露衣土に対して、尊敬の念すら抱く様になっていた。

露衣土は露衣土で真剣に平和へと向かっていたのだ。

真剣であるからこそ、己を貫く事も出来たのではなかろうか。

炮炎がそうであった様に、露衣土もまた、そうであったのだろう。

先ず炮炎が露衣土の想いに応える形で露衣土と対立をする事になった。

そんな炮炎の姿勢に露衣土が応えただけなのだろう。

今の燿炎には、それが十分過ぎる程、理解が出来る様になっていた。

そして自分もまた真剣に向き合わなければならない。

それが炮炎の死に対する報いでもあり、露衣土の想いを受け止める事にもなる。

そんな風に燿炎は思っていた。
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by gushax2 | 2016-06-21 05:47 | 弐章/英雄